「見舞いを作ってくれないか」
天守閣から下りた蘇芳からの申し出に寧々子は驚いた。
「見舞い……」
「俺は腕を怪我をしたから、見舞いがあってもいいと思う」
堂々と見舞いを所望する蘇芳に、寧々子は笑いをこらえた。
素直になった蘇芳は、年相応の青年らしい可愛らしさを醸し出している。
「はい! どんなお見舞いがいいでしょうか?」
「……そうだな。怪我に良さそうなものを頼みたい」
目をそらせた蘇芳の頬が薄く桜色に染まっている。
彼の望むものがそれでわかった。
「任せてください!」
寧々子は張り切って厨房に向かった。
「銀花さん、一品作ってもいい? 蘇芳のお見舞いを作りたいの」
「構わないよ」
「ありがとう! じゃあ、必要な材料を見繕ってくる!」
作りたいもののイメージはもうできている。
出かけようとする寧々子に、銀花が慌てたように声をかけた。
「あんた、一人で出かける気かい!? 蒼火を連れていきな!」
「大丈夫! もう結界破りもほとんどいないって言っていたし」
「寄り道せずにまっすぐ帰ってきな! 知らない人間についていくんじゃないよ!」
「わかってる!」
まるで母のような小言を言う銀花に笑みがこぼれる。
(ふふ……本当に『自分の家』みたい)
*
夕暮れ時になると、寧々子は蘇芳の元へ行った。
「蘇芳にお見舞いを作りましたので、しばしお待ちくださいね」
「ああ」
無表情を取り繕っているが、蘇芳が期待にうずうずしているのが手に取るようにわかる。
寧々子は厨房に行き、銀花のお手製の氷室から皿を取り出した。
「なんだい。デザートかい」
「いえ、お見舞いです。お怪我をされているので」
澄まし顔の寧々子に銀花がニヤリと笑った。
「そうだね。王が怪我をしたんだ。見舞いは必要だね」
「ええ。夫のために妻が作るのは当然です」
銀花が少し驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「蘇芳様も喜ぶよ」
寧々子は座敷に戻ると、そっと皿を差し出した。
深皿の中には透明のぷるんとしたゼリーが置かれている。
「こちら、お見舞いになります」
「これは……猫か?」
「ええ」
透き通ったゼリーの中に、猫の顔に見立てた切ったイチゴが浮いている。
小豆を使って猫の肉球も添えておいた。
「ゼラチンはコラーゲンがたっぷり、イチゴはビタミン豊富。どちらも怪我の治りを助けてくれます。小豆は言うまでもありません。お早い回復をお祈りするお見舞いです」
「素晴らしいな!」
目を輝かせる蘇芳だったが、手を怪我しているのでうまくスプーンをつかめない。
寧々子は思いきって口を開いた。
「あの、私、食べさせましょうか?」
「え?」
「無理して食べたら、こぼしそうですし……」
「そ、そうか」
寧々子はそっとゼリーをすくった。
「口を開けてください」
蘇芳が少しためらったのち、大きく口を開けた。
まるでツバメのヒナのようで可愛らしい。
寧々子は頬が緩むのを感じながら、そっとゼリーを口に運んだ。
すべて食べ終えると、蘇芳が咳払いした。
その顔はほんのり赤く、どうやら照れくさいらしく目を合わさない。
「ご馳走様。とても美味しかった」
「ほんとですか!」
その言葉にすべてが報われた気がした。
蘇芳がまっすぐ寧々子の方を向いた。
その赤色の目が優しい光を帯びる。
「ずっと言いたかった。初めて作ってくれた夕食も、赤いデザートも、全部すごく美味しかった……」
「ありがとうございます」
たどたどしくも気持ちを一生懸命に伝えようとする蘇芳に胸がいっぱいになる。
「また作ってもいいですか?」
「ああ、楽しみにしている」
そう言うと、蘇芳がまた横を向いた。
耳まで真っ赤になった蘇芳がぽつりとつぶやいた。
「その時はまた……食べさせてくれると嬉しい」
寧々子は満面の笑みを浮かべ、大きくうなずいた。
「ええ。約束です」
約束――それは明日へと繋がる架け橋だ。
蘇芳と約束ができることを、寧々子は心の底から嬉しく思った。
天守閣から下りた蘇芳からの申し出に寧々子は驚いた。
「見舞い……」
「俺は腕を怪我をしたから、見舞いがあってもいいと思う」
堂々と見舞いを所望する蘇芳に、寧々子は笑いをこらえた。
素直になった蘇芳は、年相応の青年らしい可愛らしさを醸し出している。
「はい! どんなお見舞いがいいでしょうか?」
「……そうだな。怪我に良さそうなものを頼みたい」
目をそらせた蘇芳の頬が薄く桜色に染まっている。
彼の望むものがそれでわかった。
「任せてください!」
寧々子は張り切って厨房に向かった。
「銀花さん、一品作ってもいい? 蘇芳のお見舞いを作りたいの」
「構わないよ」
「ありがとう! じゃあ、必要な材料を見繕ってくる!」
作りたいもののイメージはもうできている。
出かけようとする寧々子に、銀花が慌てたように声をかけた。
「あんた、一人で出かける気かい!? 蒼火を連れていきな!」
「大丈夫! もう結界破りもほとんどいないって言っていたし」
「寄り道せずにまっすぐ帰ってきな! 知らない人間についていくんじゃないよ!」
「わかってる!」
まるで母のような小言を言う銀花に笑みがこぼれる。
(ふふ……本当に『自分の家』みたい)
*
夕暮れ時になると、寧々子は蘇芳の元へ行った。
「蘇芳にお見舞いを作りましたので、しばしお待ちくださいね」
「ああ」
無表情を取り繕っているが、蘇芳が期待にうずうずしているのが手に取るようにわかる。
寧々子は厨房に行き、銀花のお手製の氷室から皿を取り出した。
「なんだい。デザートかい」
「いえ、お見舞いです。お怪我をされているので」
澄まし顔の寧々子に銀花がニヤリと笑った。
「そうだね。王が怪我をしたんだ。見舞いは必要だね」
「ええ。夫のために妻が作るのは当然です」
銀花が少し驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「蘇芳様も喜ぶよ」
寧々子は座敷に戻ると、そっと皿を差し出した。
深皿の中には透明のぷるんとしたゼリーが置かれている。
「こちら、お見舞いになります」
「これは……猫か?」
「ええ」
透き通ったゼリーの中に、猫の顔に見立てた切ったイチゴが浮いている。
小豆を使って猫の肉球も添えておいた。
「ゼラチンはコラーゲンがたっぷり、イチゴはビタミン豊富。どちらも怪我の治りを助けてくれます。小豆は言うまでもありません。お早い回復をお祈りするお見舞いです」
「素晴らしいな!」
目を輝かせる蘇芳だったが、手を怪我しているのでうまくスプーンをつかめない。
寧々子は思いきって口を開いた。
「あの、私、食べさせましょうか?」
「え?」
「無理して食べたら、こぼしそうですし……」
「そ、そうか」
寧々子はそっとゼリーをすくった。
「口を開けてください」
蘇芳が少しためらったのち、大きく口を開けた。
まるでツバメのヒナのようで可愛らしい。
寧々子は頬が緩むのを感じながら、そっとゼリーを口に運んだ。
すべて食べ終えると、蘇芳が咳払いした。
その顔はほんのり赤く、どうやら照れくさいらしく目を合わさない。
「ご馳走様。とても美味しかった」
「ほんとですか!」
その言葉にすべてが報われた気がした。
蘇芳がまっすぐ寧々子の方を向いた。
その赤色の目が優しい光を帯びる。
「ずっと言いたかった。初めて作ってくれた夕食も、赤いデザートも、全部すごく美味しかった……」
「ありがとうございます」
たどたどしくも気持ちを一生懸命に伝えようとする蘇芳に胸がいっぱいになる。
「また作ってもいいですか?」
「ああ、楽しみにしている」
そう言うと、蘇芳がまた横を向いた。
耳まで真っ赤になった蘇芳がぽつりとつぶやいた。
「その時はまた……食べさせてくれると嬉しい」
寧々子は満面の笑みを浮かべ、大きくうなずいた。
「ええ。約束です」
約束――それは明日へと繋がる架け橋だ。
蘇芳と約束ができることを、寧々子は心の底から嬉しく思った。