捕らえられた俊之(としゆき)は、その場で人間界の関係者たちに連行された。
 後日、朱雀(すざく)屋敷に紋付きの羽織を着た佐嶋(さじま)が訪れた。

「この度は私の不見識のせいで、大変ご迷惑をおかけしました」

 佐嶋が丁重に額を畳につける。

寧々子(ねねこ)さんにも謝罪を。恐ろしい目に遭わせてしまって……」
「いえ、佐嶋さんのせいではないですから」
「いや。あの男に朱雀国を紹介したのはおまえだな、佐嶋」

 蘇芳(すおう)の冷ややかな眼差(まなざ)しと声に、そばにいる寧々子までもが緊張してしまう。

「おっしゃるとおりです。私の判断が甘く、安易に許可を与えてしまいました」
「そもそも、あの男はなぜ朱雀国にいた。往来許可証を与えたのはおまえだろう?」
「あの、往来許可証って……?」

 寧々子はまだ朱雀国の仕組みをよく知らない。

「朱雀国と人間界を行き来するための正式な門がある。そこを通るための許可証だ。おまえもここに来るときに通っただろう」
「はい」

 佐嶋に連れられ、ある邸宅の裏にある林の中にある門を通った。

「私は許可証を持っていませんが……」
「俺が許可したのだ、必要ない」

 端的に説明する蘇芳に代わって、佐嶋が補足してくれる。

「ちなみに朱雀国に滞在するための在留許可証もあります。寧々子さんは王の花嫁なのでそれらすべてが王の名のもとに許可されているんです」
「そうなんですか……」

 すべてが想像以上にしっかり管理下に置かれているらしい。

「人間界をモデルにしていますからね。たてえば、外国に行くためには旅券や査証(ビザ)が必要でしょう? その国に出入りしても問題ないという身分を保証するためのものです」

 佐嶋が苦笑する。

「とはいえ、そこまで厳正で緻密な審査を行っていないのが現状です。人間の場合、私を含めて数人の関係者が個人の裁量で許可を出しているんです」
「だから、佐嶋の責任なのだ」

 蘇芳がじっと赤い目で佐嶋を見やる。

「なぜ許可を出した? 場合によっては貴様のお役目の是非を問うことになる」
「承知しております。今回の上原俊之に関しては、人間界で犯罪や大きなトラブルとは無縁の人物で、身元もちゃんとしておりました。また、商売を一から始めたいという希望を持っており、あやかしの世界というものに興味があり、なおかつ、朱雀国で必要とされる飲食店を希望しておりました」
「……」

「以上の観点から、往来許可証であれば発行しても構わないと判断しました」
「なるほどな。だが、実際はあやかしに中毒性のあるものを非公式に売りさばく売人だったわけだ」
「短期的な利益に目がくらんでしまうような浅はかな人物だと見抜けませんでした。申し訳ございませんでした」

 再び佐嶋が深々と頭を下げる。

「外交役を辞せよというのであれば従います」
「……だが、おまえは花嫁に寧々子を選んだ」

 佐嶋がゆっくりと頭を上げる。

「寧々子は異界のバランスを取るための重要な役どころにふさわしい花嫁だ。あやかしの世界に馴染もうとする適応力があり、素直で気立てがいい真面目な娘だ。おまえの判断は賞賛に(あたい)する」

 手放しで誉められ、寧々子は顔を赤らめた。

「寧々子に免じ、今回の沙汰は不問に付す。ただし、今後の往来許可の判断は慎重にすること、また風紀を乱したり犯罪行為があった場合は、あやかしの王自ら処罰を下すことにする」

 蘇芳の目がぎらりと凶暴に光る。

「次はもうお目こぼしはない。誰であろうと二度と人間界に帰れないであろう」
「寛大な処置、感謝致します。今後は慎重に人物を精査し、より職務に精進いたします」

 どうやら手打ちになったようで、寧々子はホッとした。

「あの俊之さんは……」
「残念ながら、人間界での法では裁けません。朱雀国で初めての人間の犯罪ということで、今回は私どもに対処をお任せいただきましたゆえ、しっかりと自分の犯した罪の重さを考えさせます」

 淡々としていたが、佐嶋の声音は背筋が寒くなるものだった。

「ど、どういった罰を……」
「なに、人間界の刑と似たようなものですよ。ある場所に拘置し、特別な労役を課します」

 佐嶋は詳細を話さず、寧々子はそれ以上踏み込めなかった。

「心を入れ替えるようであれば自由にしますが、その後も監視はつくでしょう。彼のしたことは異界との信頼を裏切る重大な犯罪です」

 蘇芳が小さく嘆息した。

「こちらも対応が遅れて、被害者を増やしてしまった。まさか鬼と結託するとはな。行動力だけは目を見張るものがある」

 蘇芳が苦い笑みを浮かべる。

「お恥ずかしい話です」

 佐嶋が恐縮したように顔を伏せる。
 だが、よくよく考えれば、あやかしの国で商売をやろうなどという人間は滅多にいないだろう。
 俊之の適応力のすごさを見抜いた佐嶋の目はさすがと言える。

(私も結局、佐嶋さんが選んでくれたんだものね……)

 自分でもまさかこんなに自然にこの国に馴染むとは思わなかった。