ふたりが屋敷に戻ると、銀花(ぎんか)珠洲(すず)が駆け寄ってきた。

「どうしたの……! 蘇芳(すおう)様まで一緒で」
「仲直りできたチュン?」

 珠洲がびっくりしたあまり、語尾が雀に戻ってしまっている。

「蘇芳様、お怪我を!?」

 マントの下で腕を吊っているのを銀花がめざとく見つける。

「い、いったい何が!! どこの(やから)が!! 蒼火(そうび)、おまえがついていながら……! この私が全部凍らせて……!」
「銀花、落ち着け」
「落ち着いていられますか! ……まさか、あんたまで怪我をしてるんじゃないだろうね!?」

 いきなり矛先が自分に向き、寧々子(ねねこ)は飛び上がるほど驚いた。

「わ、私はその……大丈夫です」
「ほんとかい!? 何があったか微に入り細に入り話しな! 隠し事は許さないよ!」

 銀花の剣幕に、寧々子たちはすべて話すことになった。

「はあ!? 売人を追跡!? 鬼にさらわれたって、あんた……!」

 当然のごとく、銀花の目がつりあがる。

「あんたは……もうっ! 大人しそうに見えて大胆なんだから! 売人を一人で追いかけるなんてあり得ない……!」

 返す言葉もなく、寧々子は銀花のお叱りを受けた。

「心配かけてごめんなさい……」
「すごいな、銀花。おまえは雪女だというのに、炎のオーラを纏っているようだな」
「からかわないでください、蘇芳様!」

 蘇芳の前だということを思い出したのか、銀花が顔を赤らめる。

「お見苦しいところをお見せしました。それはそれとして、あんたは王の花嫁なんだから、勝手に危ないことをするんじゃないよ!」
「は、はい……」

 寧々子は首をすくめた。
 だが、自分に王の花嫁の自覚はほとんどない。
 蘇芳と話すことすら必死だったのだ。

「銀花。それは俺のせいでもあるのだ。俺が寧々子を突き放したから、相談できなかったのであろう」

 蘇芳の言葉に、銀花がようやく矛先を納めた。

「蘇芳様がそうおっしゃるなら……。でも、今後は危険な行動は慎むんだよ! 何かあったら、私や珠洲、蒼火にだって相談できるんだからね!?」
「ありがとう、銀花さん」

 今後は、という言葉が嬉しかった。
 自分がまだ、ここにいていいのだと思えたのだ。

「ごめんください……」

 使用人に連れられてやってきたのは、のっぺらぼうのお面をつけた修三(しゅうぞう)だった。

「修三さん! どうしたの?」

 引っ込み思案の修三が、わざわざ屋敷にまで足を運んだことに寧々子は驚いた。
 修三がおずおずとお面を取る。

「お嬢さんが心配で……よかった、無事に帰ってきたんですね」
「ええ。ごめんなさい、修三さんにも迷惑をかけて」
「そんな……! 店で待っているしかできなくて……」

 すまなそうにうつむく修三に、ずい、と近づく者がいた。
 目を輝かせた銀花が修三の肩をぐっとつかむ。

「あんたが人間の和菓子職人かい?」
「ひいっ!」

 銀花の迫力に、頭一つ背が高い修三が怯えて後ずさる。
 じりっと更に銀花が修三に迫る。

「ちょっと、話を聞かせてよ。私、甘味には詳しくなくて」
「えっ、あのっ、あのっ」

 怯えた様子の修三に、寧々子は思わずふきだしてしまった。

「修三さん。銀花さんは朱雀屋敷の料理長なんです」
「ああ、自己紹介がまだだったね。私としたことが興奮しちまって。雪女の銀花だよ」
「ゆ、雪女……」

 修三がハッとしたような表情になった。

「では、雪を凍らせたりできますか。たとえば、氷室を作ったり……」
「そんなの当たり前だろ。ウチでは生鮮食品はしっかり鮮度を保てるんだよ」

「す、素晴らしい! あの、夏に向けて氷菓子を考えているのですが……ご協力いただけないでしょうか?」
「ああ、いいよ。私は練り切りの作り方を教えてもらいたい。あんなに花や果物そっくりにどうやって作るんだい」

 二人の料理人の話が盛り上がっている。
 人見知りの修三があんなによく話すのを、寧々子は初めて見た。

「修三はいい職人だな」

 蘇芳がそっと話しかけてきた。

「おまえ、狐の紺太(こんた)におしるこを与えただろう?」
「ええ」
「効果が抜群でな。療養所に取り入れたい。あとで修三と相談しようと思っていたが……」

 夢中で話をしているふたりに蘇芳が苦笑する。

「ちょっと時間がかかりそうだな」