(ああ――)
真っ先に飛び込んできたのは、輝く金色の髪だった。
先端が赤い長い髪が、彼の勢いを表すようになびいている。
真紅のマントを翻した蘇芳が、お堂に足を踏み入れる。
その赤い瞳が、寧々子の姿を捉えた一瞬、やわらいだ。
「寧々子! 無事か!」
「まずい! こいつ、朱雀の王だ!!」
鬼の男たちが騒然となった瞬間、蘇芳の背からばさりと大きな音を立てて大きな黄金色の翼が広がった。
「貴様ら。俺の花嫁をさらってただで済むとはよもや思っていないな」
背筋を凍らせるような、冷え冷えとした声だった。
「くそっ!」
鬼たちが腰から手斧や短剣を抜く。
手斧の一撃を、蘇芳が後ろに飛びすさって避ける。
赤色が入り交じる金の翼が大きく羽ばたいたかと思うと、羽が矢のように鬼の体に向かって放たれた。
「ぎゃっ!!」
体中に羽が突き刺さった鬼がたまらずうずくまる。
別の鬼が壁を蹴って側面から斬りかかる。
ガキッ!!
横合いからの鬼の斬撃を、金色の翼が弾く。
寧々子は目を見張った。
(すごく柔らかそうに見えるのに……あの翼、鉄のように硬くもできるのね!!)
初めて見るあやかし同士の戦いに、寧々子は目を見張った。
蘇芳が軽く床を蹴って距離を詰めると、相手は慌ててとびすさる。
巨体に見合わぬ敏捷さに息を呑んだ寧々子の首に、鬼の太い腕が回された。
「おいっ、この女がどうなってもいいのか!」
寧々子の背後に回ったもう一匹の鬼が、寧々子の喉元に剣の切っ先を突きつけてくる。
「……っ!」
一瞬、蘇芳の動きが止まった瞬間を狙い、別の鬼が斬りかかる。
翼で防ぐよりもほんの少し早く、鬼の剣が蘇芳に届いた。
「蘇芳様!!」
寧々子は悲鳴のような声を上げた。
蘇芳の腕からぱっと血が飛び散る。
一瞬顔をしかめた蘇芳だったが、ぐっと唇を噛みしめると剣を振るった。
「ぎゃっ!!」
今度は蘇芳の剣のほうが早かった。
相手の鬼の首が飛び、床に落ちる寸前に塵となって消える。
(あれが――あやかしの最期!?)
ふっと寧々子の周囲に青い炎が浮かぶ。
「ぎゃっ!!」
青い炎は寧々子の首をつかんでいた鬼の腕を焼いた。
たまらず鬼が寧々子から手を放す。
「よくやった、蒼火」
床を滑るようにして距離を詰めた蘇芳が、寧々子の背後にいる鬼の首を飛ばす。
寧々子の体を押さえていた鬼の体が塵となって消えた。
蘇芳の背後から駆け出た蒼火が、腰を抜かしている俊之を捕らえる。
(蒼火さんも来てくれたんだ!)
「寧々子!」
蘇芳が寧々子の前にひざまずいた。
「大丈夫か? 怪我は!?」
蘇芳の表情には何のてらいもなかった。
ただ、一心に寧々子を心配しているのが見て取れた。
(あ――私がミケだったとき、見せてくれた顔だ……)
「大丈夫、です」
「よかった……」
蘇芳がほうっと大きく息を吐く。
(そうだ、蘇芳は元々とても感情豊かなんだ……)
寧々子の前では極力感情を見せないように振る舞っていただけで、これが本来の姿なのだ。
安心したせいか、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
寧々子はハッとした。
蘇芳の左腕から血が流れている。
「蘇芳様、お怪我を!」
「大丈夫、かすり傷だ」
腕の傷を押さえようとした寧々子は、温かい体に包まれた。
蘇芳に抱きしめられたのだと、すぐにわかった。
「おまえは……こんな無茶をして……!」
「すいません……」
そうだ。すべては自分の無謀な行動のせいだ。
「いや、俺が悪い。俺がちゃんと向き合っていたら、おまえはすぐ俺に相談しただろうに……」
蘇芳の優しい声に涙がにじんでくる。
ずっとこんな風にまっすぐに接して欲しかった。
「長老たちに『もっと大人になれ、しっかりしろ』と言われるわけだ……。俺はつまらないプライドのために、おまえを遠ざけようとして……こんなの拗ねた子どもじゃないか……」
「蘇芳様……」
「俺はおまえを嫌っているわけじゃない。本当はどこにも行ってほしくないのに、どうしようもない衝動的な言葉を……」
蘇芳が寧々子の頬を両手でそっと挟んだ。
真っ正面から寧々子を見つめてくる。
その慈しむような目に、寧々子は胸がいっぱいになった。
「……お願いがあります」
「なんだ」
「名前を呼んでください。ミケじゃなくて、私の名前を」
「寧々子」
はっきりと蘇芳に名前を呼ばれ、ぱっと大輪の花が開くような喜びが胸にわく。
(私、ちゃんとこの人に見てほしかったんだ……私自身を)
対等に向き合って話したかった。
今、その夢が現実となっている。
「なんで忘れていたんだろうな。十年前の夏祭りの日のことを。あのとき、俺はおまえに笑って欲しくてイチゴ大福を持っていった。あのときの素直な感情を思い出したよ……」
蘇芳が照れくさそうに笑う。
「年月は俺を成長させたが、いろんなしがらみや偏見によってねじ曲げもした。俺は……変わりたい。ちゃんとおまえに向き合いたいんだ」
そっと肩に手が置かれる。
「許してくれるか? これまでの俺の無礼な態度を」
「私も……正体を隠していたことをお許しください」
返事の代わりに蘇芳が再び、ふわりと抱きしめてきた。
蘇芳の気持ちがじゅうぶん伝わってくる温かさだった。
寧々子はそっと蘇芳の背に手を回した。
真っ先に飛び込んできたのは、輝く金色の髪だった。
先端が赤い長い髪が、彼の勢いを表すようになびいている。
真紅のマントを翻した蘇芳が、お堂に足を踏み入れる。
その赤い瞳が、寧々子の姿を捉えた一瞬、やわらいだ。
「寧々子! 無事か!」
「まずい! こいつ、朱雀の王だ!!」
鬼の男たちが騒然となった瞬間、蘇芳の背からばさりと大きな音を立てて大きな黄金色の翼が広がった。
「貴様ら。俺の花嫁をさらってただで済むとはよもや思っていないな」
背筋を凍らせるような、冷え冷えとした声だった。
「くそっ!」
鬼たちが腰から手斧や短剣を抜く。
手斧の一撃を、蘇芳が後ろに飛びすさって避ける。
赤色が入り交じる金の翼が大きく羽ばたいたかと思うと、羽が矢のように鬼の体に向かって放たれた。
「ぎゃっ!!」
体中に羽が突き刺さった鬼がたまらずうずくまる。
別の鬼が壁を蹴って側面から斬りかかる。
ガキッ!!
横合いからの鬼の斬撃を、金色の翼が弾く。
寧々子は目を見張った。
(すごく柔らかそうに見えるのに……あの翼、鉄のように硬くもできるのね!!)
初めて見るあやかし同士の戦いに、寧々子は目を見張った。
蘇芳が軽く床を蹴って距離を詰めると、相手は慌ててとびすさる。
巨体に見合わぬ敏捷さに息を呑んだ寧々子の首に、鬼の太い腕が回された。
「おいっ、この女がどうなってもいいのか!」
寧々子の背後に回ったもう一匹の鬼が、寧々子の喉元に剣の切っ先を突きつけてくる。
「……っ!」
一瞬、蘇芳の動きが止まった瞬間を狙い、別の鬼が斬りかかる。
翼で防ぐよりもほんの少し早く、鬼の剣が蘇芳に届いた。
「蘇芳様!!」
寧々子は悲鳴のような声を上げた。
蘇芳の腕からぱっと血が飛び散る。
一瞬顔をしかめた蘇芳だったが、ぐっと唇を噛みしめると剣を振るった。
「ぎゃっ!!」
今度は蘇芳の剣のほうが早かった。
相手の鬼の首が飛び、床に落ちる寸前に塵となって消える。
(あれが――あやかしの最期!?)
ふっと寧々子の周囲に青い炎が浮かぶ。
「ぎゃっ!!」
青い炎は寧々子の首をつかんでいた鬼の腕を焼いた。
たまらず鬼が寧々子から手を放す。
「よくやった、蒼火」
床を滑るようにして距離を詰めた蘇芳が、寧々子の背後にいる鬼の首を飛ばす。
寧々子の体を押さえていた鬼の体が塵となって消えた。
蘇芳の背後から駆け出た蒼火が、腰を抜かしている俊之を捕らえる。
(蒼火さんも来てくれたんだ!)
「寧々子!」
蘇芳が寧々子の前にひざまずいた。
「大丈夫か? 怪我は!?」
蘇芳の表情には何のてらいもなかった。
ただ、一心に寧々子を心配しているのが見て取れた。
(あ――私がミケだったとき、見せてくれた顔だ……)
「大丈夫、です」
「よかった……」
蘇芳がほうっと大きく息を吐く。
(そうだ、蘇芳は元々とても感情豊かなんだ……)
寧々子の前では極力感情を見せないように振る舞っていただけで、これが本来の姿なのだ。
安心したせいか、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
寧々子はハッとした。
蘇芳の左腕から血が流れている。
「蘇芳様、お怪我を!」
「大丈夫、かすり傷だ」
腕の傷を押さえようとした寧々子は、温かい体に包まれた。
蘇芳に抱きしめられたのだと、すぐにわかった。
「おまえは……こんな無茶をして……!」
「すいません……」
そうだ。すべては自分の無謀な行動のせいだ。
「いや、俺が悪い。俺がちゃんと向き合っていたら、おまえはすぐ俺に相談しただろうに……」
蘇芳の優しい声に涙がにじんでくる。
ずっとこんな風にまっすぐに接して欲しかった。
「長老たちに『もっと大人になれ、しっかりしろ』と言われるわけだ……。俺はつまらないプライドのために、おまえを遠ざけようとして……こんなの拗ねた子どもじゃないか……」
「蘇芳様……」
「俺はおまえを嫌っているわけじゃない。本当はどこにも行ってほしくないのに、どうしようもない衝動的な言葉を……」
蘇芳が寧々子の頬を両手でそっと挟んだ。
真っ正面から寧々子を見つめてくる。
その慈しむような目に、寧々子は胸がいっぱいになった。
「……お願いがあります」
「なんだ」
「名前を呼んでください。ミケじゃなくて、私の名前を」
「寧々子」
はっきりと蘇芳に名前を呼ばれ、ぱっと大輪の花が開くような喜びが胸にわく。
(私、ちゃんとこの人に見てほしかったんだ……私自身を)
対等に向き合って話したかった。
今、その夢が現実となっている。
「なんで忘れていたんだろうな。十年前の夏祭りの日のことを。あのとき、俺はおまえに笑って欲しくてイチゴ大福を持っていった。あのときの素直な感情を思い出したよ……」
蘇芳が照れくさそうに笑う。
「年月は俺を成長させたが、いろんなしがらみや偏見によってねじ曲げもした。俺は……変わりたい。ちゃんとおまえに向き合いたいんだ」
そっと肩に手が置かれる。
「許してくれるか? これまでの俺の無礼な態度を」
「私も……正体を隠していたことをお許しください」
返事の代わりに蘇芳が再び、ふわりと抱きしめてきた。
蘇芳の気持ちがじゅうぶん伝わってくる温かさだった。
寧々子はそっと蘇芳の背に手を回した。