「俊之さん……!」
思い切って声をかけてみると、案の定俊之がびくりとする。
「寧々子? なんでこんな所に!」
まずい所を見られたかのように、俊之がせわしなく目を動かす。
「ぐ、偶然通りかかったの」
寧々子は疑われないよう、笑顔を作った。
俊之は警戒していたようだったが、少し空気が和らいだ。
「昨日は悪かったな……ついカッとなって手を上げてしまった」
「いいの。貴方もいろいろ大変だったでしょうし……私もついムキになってしまって」
寧々子はそっと呼吸を整えた。
ここからが本題だ。
「ちょうどよかったわ。甘味処のお店なんだけど、店主に相談したら譲ってもいいって」
「本当か!」
俊之があっさり食いついてきた。
「ええ。でも、お店を手放すわけだから、それなりのお金を払ってもらわないと渡せないって」
「そうだよな」
俊之が苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「用意できそう?」
「手付金なら用意できるが……一気に支払うのは難しいかも」
「ちゃんとアテがあるなら、私から話してあげてもいいわ。もともとウチの職人さんだし、私の話なら信用するでしょう」
平静を装ってはいたが、寧々子の心臓は今にも破裂しそうだった。
胸がバクバクと大きな音を立てている。
(こんな見え見えのハッタリに乗ってくれるかしら……)
明らかに、紺太と一緒に戻って蒼火たちを連れてくるべきだった。
つい、確信を得たいと思ってしまった。
少しためらったのち、俊之が口を開く。
やはり店が手に入るかもしれないという魅力的な取引に心が揺れたようだ。
「……実はこっちでウマい商売をしていてな。試しに売ったものがぼろ儲けしてて……量産したらもっと稼げる」
「そんないい商売があるなら、お店なんていらないんじゃないの?」
「いいや。洋菓子ウエハラを俺の代で潰すわけにはいかない。絶対に店は必要だ!」
俊之の目に熱がこもる。
婚約したばかりのとき、熱く夢を語っていた俊之の姿が浮かぶ。
(なのになぜ、こんなことになってしまったの……)
「その商売っていうのは……やっぱり洋菓子?」
「まあな、そんなところだ。あやかしたちに大人気なんだ」
「そう……」
もう聞くまでもないだろう。
クッキーのような外国のお菓子を持ち込んだ人間が他にいるとは考えづらい。
(戻って蒼火さんに報告して、そうだ、佐嶋さんにも連絡しておいた方がいい……)
中毒品を蔓延させようとしているのが俊之ならば、紹介者の佐嶋の責任問題になりかねない。
いずれにしろ、早急に対処したほうがいい。
「じゃあ、店主にそう伝えてみるわ」
さっと踵を返そうとした寧々子の腕がつかまれた。
「そう慌てるなよ。俺の話ばかりしてしまったけど……おまえはどうなんだ」
「どう、って?」
「こっちでうまくやっているのかよ」
「……」
破談しかけていると口にするのは憚られた。
今はまだ、自分に利用価値があると思わせておいた方がいいだろう。
「まあ、ね」
「へえ! ところでさ、なんでおまえが選ばれたんだ?」
「えっ?」
「あやかしの王の花嫁にだよ! 誰でもいいってわけじゃなかったんだろう?」
「え、ええ」
そう言えば、自分が選ばれたということをすっかり忘れていた。
「よくわからないんだけど、霊力が高いんですって」
「えっ!? そうなのか?」
いきなり俊之の目の色が変わった。
まずいことを言ってしまっただろうか。
「でも、私自身、何か特別なことができるわけでもないし……」
そう言い訳してみたが、俊之の耳には届いていないようだった。
「おまえ、俺のことに来ないか?」
思い切って声をかけてみると、案の定俊之がびくりとする。
「寧々子? なんでこんな所に!」
まずい所を見られたかのように、俊之がせわしなく目を動かす。
「ぐ、偶然通りかかったの」
寧々子は疑われないよう、笑顔を作った。
俊之は警戒していたようだったが、少し空気が和らいだ。
「昨日は悪かったな……ついカッとなって手を上げてしまった」
「いいの。貴方もいろいろ大変だったでしょうし……私もついムキになってしまって」
寧々子はそっと呼吸を整えた。
ここからが本題だ。
「ちょうどよかったわ。甘味処のお店なんだけど、店主に相談したら譲ってもいいって」
「本当か!」
俊之があっさり食いついてきた。
「ええ。でも、お店を手放すわけだから、それなりのお金を払ってもらわないと渡せないって」
「そうだよな」
俊之が苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「用意できそう?」
「手付金なら用意できるが……一気に支払うのは難しいかも」
「ちゃんとアテがあるなら、私から話してあげてもいいわ。もともとウチの職人さんだし、私の話なら信用するでしょう」
平静を装ってはいたが、寧々子の心臓は今にも破裂しそうだった。
胸がバクバクと大きな音を立てている。
(こんな見え見えのハッタリに乗ってくれるかしら……)
明らかに、紺太と一緒に戻って蒼火たちを連れてくるべきだった。
つい、確信を得たいと思ってしまった。
少しためらったのち、俊之が口を開く。
やはり店が手に入るかもしれないという魅力的な取引に心が揺れたようだ。
「……実はこっちでウマい商売をしていてな。試しに売ったものがぼろ儲けしてて……量産したらもっと稼げる」
「そんないい商売があるなら、お店なんていらないんじゃないの?」
「いいや。洋菓子ウエハラを俺の代で潰すわけにはいかない。絶対に店は必要だ!」
俊之の目に熱がこもる。
婚約したばかりのとき、熱く夢を語っていた俊之の姿が浮かぶ。
(なのになぜ、こんなことになってしまったの……)
「その商売っていうのは……やっぱり洋菓子?」
「まあな、そんなところだ。あやかしたちに大人気なんだ」
「そう……」
もう聞くまでもないだろう。
クッキーのような外国のお菓子を持ち込んだ人間が他にいるとは考えづらい。
(戻って蒼火さんに報告して、そうだ、佐嶋さんにも連絡しておいた方がいい……)
中毒品を蔓延させようとしているのが俊之ならば、紹介者の佐嶋の責任問題になりかねない。
いずれにしろ、早急に対処したほうがいい。
「じゃあ、店主にそう伝えてみるわ」
さっと踵を返そうとした寧々子の腕がつかまれた。
「そう慌てるなよ。俺の話ばかりしてしまったけど……おまえはどうなんだ」
「どう、って?」
「こっちでうまくやっているのかよ」
「……」
破談しかけていると口にするのは憚られた。
今はまだ、自分に利用価値があると思わせておいた方がいいだろう。
「まあ、ね」
「へえ! ところでさ、なんでおまえが選ばれたんだ?」
「えっ?」
「あやかしの王の花嫁にだよ! 誰でもいいってわけじゃなかったんだろう?」
「え、ええ」
そう言えば、自分が選ばれたということをすっかり忘れていた。
「よくわからないんだけど、霊力が高いんですって」
「えっ!? そうなのか?」
いきなり俊之の目の色が変わった。
まずいことを言ってしまっただろうか。
「でも、私自身、何か特別なことができるわけでもないし……」
そう言い訳してみたが、俊之の耳には届いていないようだった。
「おまえ、俺のことに来ないか?」