「俊之さんが、なんでそんな――」
寧々子はすぐに思い当たった。
金だ。彼には新しい商売を始める軍資金が必要なはずだ。
(しかも、美味しいものを提供するのではなく、中毒性のある嗜好品を提供するなら質が悪くても構わない)
(傷モノだったり熟れすぎて商品にならない桃を使えば、原料はタダ同然)
(でも、なんで桃があやかしにとっての刺激物だと知っているのだろう……?)
(他にも関わっている人がいるのかもしれない)
(でも、全部推測にすぎないわ……)
すぐにでも蘇芳に知らせたい。
だが、今の蘇芳が自分の話に耳を傾けてくれるだろうか。
きっと目も合わせてくれないだろう。
最初に挨拶したときのように。
(もっと確実な証拠がいるわ……)
(俊之さんは明らかに私を侮っている)
(一人で行けば、いろいろ聞き出せるかも)
本当なら蒼火のような頼りになる人についてきてもらいたい。
だが、強そうなあやかしの男性を連れていけば、きっと警戒される。
(一人でいくしかない……!)
「修三さん、私、ちょっとその人を探してきます」
寧々子の言葉に修三が目をむいた。
「えっ! 流しの売人を追うんですか!? 危ないですよ! 蒼火さんに連絡して、火鳥組の人にやってもらった方が――」
確かにそれが正しいやり方なのだろう。
「その人……私の知り合いかもしれないんです」
「えっ」
「元婚約者が『洋菓子ウエハラ』の跡継ぎなんだけど、こっちに来ていて」
「あの洋菓子ウエハラの息子さんが?」
修三も見知った名前に驚いている。
「ええ。洋装だったし、売っているものが焼き菓子だから、もしかして……って」
「でも、知り合いって言っても、お嬢さん一人じゃ危険すぎます!」
「俺、一緒に行くよ」
おしるこを綺麗に食べ終えた狐の男の子が大きな目で寧々子を見ていた。
「あの人……ダメな人なんだろ? わかってたんだ。あんな商売をする奴が増えたら、きっと朱雀国はダメになる」
「きみ、名前は?」
「紺太」
「紺太くん、その男の人を探すのを手伝ってくれる?」
「うん!」
売人を見ているのは紺太だけだ。人違いをするわけにはいかない。
「そんな狐の子を連れただけじゃ……」
なおも心配する修三に、寧々子は微笑みかけた。
「何も取り押さえるわけじゃないわ。ちゃんと確認してから、しかるべき所に通報したいだけ」
「でも――」
「大丈夫、俺、逃げ足速いから!」
紺太が頼りになるんだか、ならないんだか、よくわからないことを自慢げに言い出した。
「それに俺、匂いでわかるよ」
「えっ……」
「そいつ、変な香水つけてた。だから、残り香追えるかも!」
「香水……」
ますます俊之である確率が高くなった。
俊之は舶来ものや新しいものが大好きだった。
「じゃあ、行ってきます。紺太くん、行こう」
「お嬢さん!」
「……万一、昼すぎても戻らなかったら朱雀屋敷の人に知らせてください」
寧々子はそう言い残すと紺太とともに店を出た。
「こっち!」
紺太がきゅっと手を握ってくる。
「あいつがいた場所に行ってみる」
紺太に手を引かれ、寧々子は足を進めた。
十分以上歩いただろうか。
紺太が人気のない路地裏に辿り着いた。
ひくひくと鼻を動かし、匂いを確認している。
「あっち……たぶん、あの長屋にいると思う」
紺太が路地の奥の方にある長屋を指差す。
「あっ……」
長屋から出てきたのは、洋装の俊之だった。
寧々子たちは慌てて物陰に隠れた。
「あいつだ!」
(やっぱり……!)
「紺太くんは甘味処に戻って、このことを修三さんに伝えてくれる?」
「あんたはどうするんだ?」
警戒心丸出しで毛を逆立て、逃げ腰になりながらも紺太が尋ねてくる。
「あの人、知り合いなの。話しかけて、情報を引き出してみるわ」
寧々子は軽く息を吸い、覚悟を決めると足を踏み出した。
寧々子はすぐに思い当たった。
金だ。彼には新しい商売を始める軍資金が必要なはずだ。
(しかも、美味しいものを提供するのではなく、中毒性のある嗜好品を提供するなら質が悪くても構わない)
(傷モノだったり熟れすぎて商品にならない桃を使えば、原料はタダ同然)
(でも、なんで桃があやかしにとっての刺激物だと知っているのだろう……?)
(他にも関わっている人がいるのかもしれない)
(でも、全部推測にすぎないわ……)
すぐにでも蘇芳に知らせたい。
だが、今の蘇芳が自分の話に耳を傾けてくれるだろうか。
きっと目も合わせてくれないだろう。
最初に挨拶したときのように。
(もっと確実な証拠がいるわ……)
(俊之さんは明らかに私を侮っている)
(一人で行けば、いろいろ聞き出せるかも)
本当なら蒼火のような頼りになる人についてきてもらいたい。
だが、強そうなあやかしの男性を連れていけば、きっと警戒される。
(一人でいくしかない……!)
「修三さん、私、ちょっとその人を探してきます」
寧々子の言葉に修三が目をむいた。
「えっ! 流しの売人を追うんですか!? 危ないですよ! 蒼火さんに連絡して、火鳥組の人にやってもらった方が――」
確かにそれが正しいやり方なのだろう。
「その人……私の知り合いかもしれないんです」
「えっ」
「元婚約者が『洋菓子ウエハラ』の跡継ぎなんだけど、こっちに来ていて」
「あの洋菓子ウエハラの息子さんが?」
修三も見知った名前に驚いている。
「ええ。洋装だったし、売っているものが焼き菓子だから、もしかして……って」
「でも、知り合いって言っても、お嬢さん一人じゃ危険すぎます!」
「俺、一緒に行くよ」
おしるこを綺麗に食べ終えた狐の男の子が大きな目で寧々子を見ていた。
「あの人……ダメな人なんだろ? わかってたんだ。あんな商売をする奴が増えたら、きっと朱雀国はダメになる」
「きみ、名前は?」
「紺太」
「紺太くん、その男の人を探すのを手伝ってくれる?」
「うん!」
売人を見ているのは紺太だけだ。人違いをするわけにはいかない。
「そんな狐の子を連れただけじゃ……」
なおも心配する修三に、寧々子は微笑みかけた。
「何も取り押さえるわけじゃないわ。ちゃんと確認してから、しかるべき所に通報したいだけ」
「でも――」
「大丈夫、俺、逃げ足速いから!」
紺太が頼りになるんだか、ならないんだか、よくわからないことを自慢げに言い出した。
「それに俺、匂いでわかるよ」
「えっ……」
「そいつ、変な香水つけてた。だから、残り香追えるかも!」
「香水……」
ますます俊之である確率が高くなった。
俊之は舶来ものや新しいものが大好きだった。
「じゃあ、行ってきます。紺太くん、行こう」
「お嬢さん!」
「……万一、昼すぎても戻らなかったら朱雀屋敷の人に知らせてください」
寧々子はそう言い残すと紺太とともに店を出た。
「こっち!」
紺太がきゅっと手を握ってくる。
「あいつがいた場所に行ってみる」
紺太に手を引かれ、寧々子は足を進めた。
十分以上歩いただろうか。
紺太が人気のない路地裏に辿り着いた。
ひくひくと鼻を動かし、匂いを確認している。
「あっち……たぶん、あの長屋にいると思う」
紺太が路地の奥の方にある長屋を指差す。
「あっ……」
長屋から出てきたのは、洋装の俊之だった。
寧々子たちは慌てて物陰に隠れた。
「あいつだ!」
(やっぱり……!)
「紺太くんは甘味処に戻って、このことを修三さんに伝えてくれる?」
「あんたはどうするんだ?」
警戒心丸出しで毛を逆立て、逃げ腰になりながらも紺太が尋ねてくる。
「あの人、知り合いなの。話しかけて、情報を引き出してみるわ」
寧々子は軽く息を吸い、覚悟を決めると足を踏み出した。