「ふう……」
一人で町に出ると、目の前に青空が広がった。
「いい天気……」
ぐっと大きく手を上げて伸びをする。
寧々子は丸まった背中をしっかりと伸ばした。
「しゃんとしなきゃ……」
歩いていると、落ち込んだ気分が少し浮上してくる。
もう一度、ちゃんと蘇芳を話し合おうと思えたからだろうか。
(銀花さんたちに感謝だな……)
皆の顔を思い浮かべるだけで心が温かくなる。
孤立無援だと思っていたのに、気づけば応援してくれる人たちが周りにいた。
それは嬉しい気づきだった。
「頑張ろう……。せめてもう一度、ちゃんと膝をつき合わせて話したい……」
甘味処の前に来ると、藍色の着物を着た男の子が倒れているのが見えた。
「ど、どうしたの!?」
慌てて駆け寄ると、男の子の頭には尖った茶色の耳が、腰にはふさふさの尻尾があるのが見えた。
(狐……?)
案の定、男の子の顔に見覚えがあった。
昨日、桃のあんみつを食べて倒れた子だ。
「きみ、しっかりして!」
「う……」
抱き起こすと、男の子がゆっくり目を開ける。
「あんたは……」
「覚えてる? 甘味処の……店員よ」
正確には手伝いをしているだけだが、男の子が混乱しないようわかりやすい言葉を選んだ。
「ああ……桃のあんみつを持ってきてくれた……」
ぐっと、男の子が袖をつかんでくる。
その額には脂汗が滲んでいて苦しそうだ。
「桃を……食べさせて」
「え?」
「桃が食べたいんだ!」
必死で訴えかける男の子の肌は青白かった。
「ダメよ! 桃は刺激が強くて、体調が悪くなったでしょう?」
平気なあやかしもいるようだが、この狐の男の子には食べさせられない。
「でも、欲しい……」
男の子の目は赤く充血し、嫌な汗をかいていた。
(これ……人間の薬物中毒の人みたい……)
(話にしか聞いたことがないけど、刺激が忘れられなくて依存症になってしまうって)
(体に悪いのがわかっているのに、意志の力で止められない……)
「ちょっと待っててね」
寧々子は甘味処のドアを叩いた。
「修三さん! いますか!?」
すぐに引き戸が開き、修三が顔を出した。
「お嬢さん、どうしたんですか?」
「開店前にごめんなさい。この子に餡子か小豆を食べさせてほしいの……」
「その子……昨日倒れた子じゃ……」
修三が男の子を軽々抱き上げると、店の奥の座敷に寝かせる。
「また具合が悪くなって行き倒れたんですか?」
「そうみたい」
「……わかりました。餡子より、おしるこにしたほうが食べやすいかも」
「お願いできる?」
「ちょうどこしあんがあるから、すぐできますよ」
しばらくして修三が、お椀にいれたおしるこを持ってきてくれる。
寧々子はおしるこをスプーンですくい、そっと男の子の口に運んだ。
「う……」
半分ほど食べると、ようやく男の子の顔に生気が戻ってきた。
「どう? 具合はよくなった?」
「うん……。なんだか頭がぼうっとしていて、わけがわからなくなって……」
「事情を聞かせてくれる?」
狐の男の子がうなだれた。
「最初は、タバコだったんだ……」
「タバコ?」
「桃の葉入りの紙巻きタバコ。興味があって吸ってしまって……」
「それは誰から?」
「鬼の面をかぶったあやかしから。流しの商人のようで、路地裏に立っていて」
「……」
「それでもっと刺激の強いものがあるって……。桃を練り込んだ小さな焼き菓子で……」
狐の男の子がずずっと鼻をすすった。
「ダメだってわかっていたんだけど、刺激にハマってしまって……。でも、どんどん値がつり上がって買えなくなって」
「それでここに来たの?」
男の子がこくんとうなずく。
甘味を扱う飲食店は少ないと聞いている。
狐の男の子がすがる思いで辿り着いたのも無理はない。
「この店は人間がやっているって聞いて」
「え?」
「人間だったら、桃を使っているかもって……」
「どうして?」
意外な言葉だった。
わざわざ、人間がやっている店を選んできたのか。
「桃の焼き菓子を売っていたのは、人間の男の人だったから」
「えっ!?」
寧々子は耳を疑った。
「人間が流しの商売をしているの?」
「うん……」
寧々子の勢いに、男の子が怯えたように獣の耳をたらした。
「あっ、ごめんね。怒ったわけじゃないの。なんで人間ってわかったの?」
「珍しい服を着ていたから……洋装なんて着ているあやかしはいないし、お面もかぶっていなかったから」
「!!」
この朱雀国で人間は滅多にいない。
しかも、洋装の男性など一人しか思いつかない。
「まさか、俊之さん……?」
一人で町に出ると、目の前に青空が広がった。
「いい天気……」
ぐっと大きく手を上げて伸びをする。
寧々子は丸まった背中をしっかりと伸ばした。
「しゃんとしなきゃ……」
歩いていると、落ち込んだ気分が少し浮上してくる。
もう一度、ちゃんと蘇芳を話し合おうと思えたからだろうか。
(銀花さんたちに感謝だな……)
皆の顔を思い浮かべるだけで心が温かくなる。
孤立無援だと思っていたのに、気づけば応援してくれる人たちが周りにいた。
それは嬉しい気づきだった。
「頑張ろう……。せめてもう一度、ちゃんと膝をつき合わせて話したい……」
甘味処の前に来ると、藍色の着物を着た男の子が倒れているのが見えた。
「ど、どうしたの!?」
慌てて駆け寄ると、男の子の頭には尖った茶色の耳が、腰にはふさふさの尻尾があるのが見えた。
(狐……?)
案の定、男の子の顔に見覚えがあった。
昨日、桃のあんみつを食べて倒れた子だ。
「きみ、しっかりして!」
「う……」
抱き起こすと、男の子がゆっくり目を開ける。
「あんたは……」
「覚えてる? 甘味処の……店員よ」
正確には手伝いをしているだけだが、男の子が混乱しないようわかりやすい言葉を選んだ。
「ああ……桃のあんみつを持ってきてくれた……」
ぐっと、男の子が袖をつかんでくる。
その額には脂汗が滲んでいて苦しそうだ。
「桃を……食べさせて」
「え?」
「桃が食べたいんだ!」
必死で訴えかける男の子の肌は青白かった。
「ダメよ! 桃は刺激が強くて、体調が悪くなったでしょう?」
平気なあやかしもいるようだが、この狐の男の子には食べさせられない。
「でも、欲しい……」
男の子の目は赤く充血し、嫌な汗をかいていた。
(これ……人間の薬物中毒の人みたい……)
(話にしか聞いたことがないけど、刺激が忘れられなくて依存症になってしまうって)
(体に悪いのがわかっているのに、意志の力で止められない……)
「ちょっと待っててね」
寧々子は甘味処のドアを叩いた。
「修三さん! いますか!?」
すぐに引き戸が開き、修三が顔を出した。
「お嬢さん、どうしたんですか?」
「開店前にごめんなさい。この子に餡子か小豆を食べさせてほしいの……」
「その子……昨日倒れた子じゃ……」
修三が男の子を軽々抱き上げると、店の奥の座敷に寝かせる。
「また具合が悪くなって行き倒れたんですか?」
「そうみたい」
「……わかりました。餡子より、おしるこにしたほうが食べやすいかも」
「お願いできる?」
「ちょうどこしあんがあるから、すぐできますよ」
しばらくして修三が、お椀にいれたおしるこを持ってきてくれる。
寧々子はおしるこをスプーンですくい、そっと男の子の口に運んだ。
「う……」
半分ほど食べると、ようやく男の子の顔に生気が戻ってきた。
「どう? 具合はよくなった?」
「うん……。なんだか頭がぼうっとしていて、わけがわからなくなって……」
「事情を聞かせてくれる?」
狐の男の子がうなだれた。
「最初は、タバコだったんだ……」
「タバコ?」
「桃の葉入りの紙巻きタバコ。興味があって吸ってしまって……」
「それは誰から?」
「鬼の面をかぶったあやかしから。流しの商人のようで、路地裏に立っていて」
「……」
「それでもっと刺激の強いものがあるって……。桃を練り込んだ小さな焼き菓子で……」
狐の男の子がずずっと鼻をすすった。
「ダメだってわかっていたんだけど、刺激にハマってしまって……。でも、どんどん値がつり上がって買えなくなって」
「それでここに来たの?」
男の子がこくんとうなずく。
甘味を扱う飲食店は少ないと聞いている。
狐の男の子がすがる思いで辿り着いたのも無理はない。
「この店は人間がやっているって聞いて」
「え?」
「人間だったら、桃を使っているかもって……」
「どうして?」
意外な言葉だった。
わざわざ、人間がやっている店を選んできたのか。
「桃の焼き菓子を売っていたのは、人間の男の人だったから」
「えっ!?」
寧々子は耳を疑った。
「人間が流しの商売をしているの?」
「うん……」
寧々子の勢いに、男の子が怯えたように獣の耳をたらした。
「あっ、ごめんね。怒ったわけじゃないの。なんで人間ってわかったの?」
「珍しい服を着ていたから……洋装なんて着ているあやかしはいないし、お面もかぶっていなかったから」
「!!」
この朱雀国で人間は滅多にいない。
しかも、洋装の男性など一人しか思いつかない。
「まさか、俊之さん……?」