寧々子はとぼとぼと屋敷に戻った。
「寧々子様!?」
うなだれ、憔悴した様子の寧々子に、迎えにでてきた珠洲が驚いて雀の姿に戻ってしまった。
チュン、チュン、と鳴きながら、慌ただしく寧々子の周囲を飛び回る。
「ああ、うるさい! 何の騒ぎだい!」
苛立った銀花までもがやってきた。
「私……」
何か言おうと思った瞬間、言葉ではなく涙がこぼれ落ちた。
「チュンチュン!!」
「どうしたんだい、あんた!」
泣き伏した寧々子に、玄関先は大騒ぎになってしまった。
「ほら、こっちにおいで!」
寧々子は機転をきかせた銀花に『滝の間』に連れていかれた。
「ああ、もう、何があったんだい!」
銀花のひんやりした手が頬に触れる。
子どものように涙をぬぐってもらい、寧々子はぽつぽつと事情を話した。
「……猫又のミケ、ねえ……」
ぷっと銀花がふき出した。
「お面をかぶっていたとはいえ、そんな至近距離で会話までして気づかれなかったのかい! 傑作だねえ!」
思い切り銀花が笑い飛ばしてくれ、寧々子はようやく微笑んだ。
「蘇芳様はびっくりしただろうね。謝っても許してくれなかったって……。それは仕方ないよ。気持ちを整理する時間をあげなきゃ」
「でも、騙してしまったんです……」
「悪気はなかったんだろう? 言い出せなかっただけじゃないか。そんな死にそうな顔をしているから何事かと思ったら……」
銀花がふっと肩の力を抜く。
「そうですよ! びっくりしました!」
珠洲もようやく落ち着いたのか、人の姿に戻っている。
「二人は私がひどいことをしたと思わないの……?」
銀花と珠洲が顔を見合わせる。
「そうだね。私が蘇芳様なら、いい気分はしないだろうね、もちろん。でも、なぜ言い出せなかったのか、ちゃんと伝えたらわかってくれると思うよ」
「そうかしら……」
寧々子はしょんぼりとうつむいた。
「もともと人間がお嫌いなのに、更にこんな……」
「ああ、そうだね。あの方は人間を信じてないからね」
「チュン……あやかしにはお優しいんですが」
二人が考え込んでしまう。
「とにかく、許してもらうまで謝るしかないよ。逆に言えば、それだけのことだ」
「でも、どこへなりとも失せろ、って言われたんです……」
銀花が慰めるように肩に手を置いた。
「カッとなってキツい言葉を言っちまったんだろ。真に受けることないよ。今日の晩ご飯の時にでも、もう一度ちゃんと腹を割って話してみな」
銀花はそう言ってくれたが、予想どおり蘇芳は屋敷に帰ってこなかった。
お膳の前で一人しょんぼりとうつむいている寧々子のもとへ、蒼火がやってきた。
「寧々子さん、本当に申し訳ありません!」
座敷に入るなり、蒼火が手をついて謝ってくる。
「私が町に連れ出した挙げ句、蘇芳様にちゃんとご説明しなかったせいでこんな大事に」
「蒼火さんのせいじゃないわ。私が言いつけを破って町に出たがったうえに、勝手にミケなんて名乗ったのよ」
思い返しても、あそこが分岐点だった。
怒られてもいいから、お面を外して正直に名乗るべきだったのだ。
「私からも、寧々子さんに悪気はなかったこと、お寂しかったことをお話ししたのですがお怒りは溶けず……」
蒼火が唇をかむ。
「蘇芳様は人の心がおわかりにならないほど狭量な方ではありません。ただ、タイミングが悪かったというか……元婚約者の方と一緒におられたのですよね?」
「ええ、偶然……」
「それで余計な疑念が浮かんで素直になれないのだと愚考します」
「……蘇芳様はいつお帰りになるの?」
「それが……今日は別の場所でお泊まりになると」
蒼火が言いづらそうに口にする。
「そう」
おそらく、蘇芳は寧々子がいる限り屋敷に戻ってこない。
そんな気がした。
(仕方ないわ。自分のした不始末の責任は自分で取らなくちゃ)
「わかりました。私、明日出ていきます」
「寧々子様!?」
うなだれ、憔悴した様子の寧々子に、迎えにでてきた珠洲が驚いて雀の姿に戻ってしまった。
チュン、チュン、と鳴きながら、慌ただしく寧々子の周囲を飛び回る。
「ああ、うるさい! 何の騒ぎだい!」
苛立った銀花までもがやってきた。
「私……」
何か言おうと思った瞬間、言葉ではなく涙がこぼれ落ちた。
「チュンチュン!!」
「どうしたんだい、あんた!」
泣き伏した寧々子に、玄関先は大騒ぎになってしまった。
「ほら、こっちにおいで!」
寧々子は機転をきかせた銀花に『滝の間』に連れていかれた。
「ああ、もう、何があったんだい!」
銀花のひんやりした手が頬に触れる。
子どものように涙をぬぐってもらい、寧々子はぽつぽつと事情を話した。
「……猫又のミケ、ねえ……」
ぷっと銀花がふき出した。
「お面をかぶっていたとはいえ、そんな至近距離で会話までして気づかれなかったのかい! 傑作だねえ!」
思い切り銀花が笑い飛ばしてくれ、寧々子はようやく微笑んだ。
「蘇芳様はびっくりしただろうね。謝っても許してくれなかったって……。それは仕方ないよ。気持ちを整理する時間をあげなきゃ」
「でも、騙してしまったんです……」
「悪気はなかったんだろう? 言い出せなかっただけじゃないか。そんな死にそうな顔をしているから何事かと思ったら……」
銀花がふっと肩の力を抜く。
「そうですよ! びっくりしました!」
珠洲もようやく落ち着いたのか、人の姿に戻っている。
「二人は私がひどいことをしたと思わないの……?」
銀花と珠洲が顔を見合わせる。
「そうだね。私が蘇芳様なら、いい気分はしないだろうね、もちろん。でも、なぜ言い出せなかったのか、ちゃんと伝えたらわかってくれると思うよ」
「そうかしら……」
寧々子はしょんぼりとうつむいた。
「もともと人間がお嫌いなのに、更にこんな……」
「ああ、そうだね。あの方は人間を信じてないからね」
「チュン……あやかしにはお優しいんですが」
二人が考え込んでしまう。
「とにかく、許してもらうまで謝るしかないよ。逆に言えば、それだけのことだ」
「でも、どこへなりとも失せろ、って言われたんです……」
銀花が慰めるように肩に手を置いた。
「カッとなってキツい言葉を言っちまったんだろ。真に受けることないよ。今日の晩ご飯の時にでも、もう一度ちゃんと腹を割って話してみな」
銀花はそう言ってくれたが、予想どおり蘇芳は屋敷に帰ってこなかった。
お膳の前で一人しょんぼりとうつむいている寧々子のもとへ、蒼火がやってきた。
「寧々子さん、本当に申し訳ありません!」
座敷に入るなり、蒼火が手をついて謝ってくる。
「私が町に連れ出した挙げ句、蘇芳様にちゃんとご説明しなかったせいでこんな大事に」
「蒼火さんのせいじゃないわ。私が言いつけを破って町に出たがったうえに、勝手にミケなんて名乗ったのよ」
思い返しても、あそこが分岐点だった。
怒られてもいいから、お面を外して正直に名乗るべきだったのだ。
「私からも、寧々子さんに悪気はなかったこと、お寂しかったことをお話ししたのですがお怒りは溶けず……」
蒼火が唇をかむ。
「蘇芳様は人の心がおわかりにならないほど狭量な方ではありません。ただ、タイミングが悪かったというか……元婚約者の方と一緒におられたのですよね?」
「ええ、偶然……」
「それで余計な疑念が浮かんで素直になれないのだと愚考します」
「……蘇芳様はいつお帰りになるの?」
「それが……今日は別の場所でお泊まりになると」
蒼火が言いづらそうに口にする。
「そう」
おそらく、蘇芳は寧々子がいる限り屋敷に戻ってこない。
そんな気がした。
(仕方ないわ。自分のした不始末の責任は自分で取らなくちゃ)
「わかりました。私、明日出ていきます」