(バレた……!)
寧々子は観念し、震える手でお面を外した。
蘇芳が息を呑むのがわかった。
「申し訳ありません。私はミケではなく、寧々子です」
どうしても声が震える。
蘇芳が混乱したように髪をかきあげる。
「どういうことだ……。最初からか!? 初めて会ったときからずっとおまえは嘘をついていたのか!?」
「は、はい」
寧々子は目立たないように、お面屋で猫の面を買ってつけていたことを話した。
「人間がやっている甘味処にいたのはそのせいか……」
「偶然、私の実家にいた和菓子職人の方を再会して……お手伝いをしていました」
「そうか、昨晩、甘味の店に行っていたと言っていたな……」
蘇芳がこれまでのことを整理しているのが手に取るようにわかる。
(ミケをあやかしと思って気を許していたのだから……)
(ひどく傷つけたに違いないわ)
ずきっと胸が痛む。
(最初から、ちゃんと話しておけばよかった……)
だが、できなかった。
屈託のない笑顔を見せてくれるのが、親しみを込めて話してくれるのが嬉しくて、楽しい時間がずっと続いてほしいと願ってしまった。
今の寧々子のできるのは、誠心誠意謝るだけだ。
「本当に申し訳ございません。言い出せずに、騙すような形になってしまって……」
蘇芳の赤い目がぎらりと光った。
「おまえ、人間の男と逢い引きしていたのか」
「は?」
何のことだろうと戸惑った瞬間、俊之の顔が浮かんだ。
事情を知らなければ、痴話ゲンカのように思われてもおかしくない。
「違います!」
「では、あの男は誰だ!」
寧々子は腹をくくった。
どんなに都合が悪くても、もう嘘はつかない。
これ以上、信頼を損ねたくなかった。
もはや信頼など、かけらもないかもしれないが。
「……元婚約者です」
「なんだと……」
蘇芳の顔に驚きが広がる。
「ですが、婚約破棄してから会っておりませんでした。さっき、偶然会ったんです」
「そんな話を信じろと言うのか!」
寧々子はぐっと詰まった。
今、何を言っても言い訳にしか取られないだろう。
そもそも、正体を隠して素知らぬふりをしていたのだから。
寧々子は蘇芳を見上げた。
自分の素直な思いをぶつけるのは今しかなかった。
「蘇芳、私を覚えていない?」
「なんだと?」
決意を秘めて見つめてる寧々子に、蘇芳が怯んだ表情になった。
「十年前、私は異界に迷いこんだの。夏祭りの日で、神社の隣にある森にいたと思ったら、全然別の場所だった」
「……」
蘇芳がじっと聞き入っている。
「提灯の光が見えてホッとしたけど……そこにいたのは異形のあやかしたちだった。怖くて心細くて泣きそうになったとき、あなたが来てくれたの」
寧々子は必死で声を振り絞った。
「あなたは私にイチゴ大福をくれた。一番のお気に入りのお菓子だって」
蘇芳の眉がぴくりと動いた。
「だから私、あなたが甘味が好きだと確信があったの。嫁入りの日に思い出の甘味を持ってきたけど渡せなかった」
「だから、どうした」
覚悟はしていたが、冷ややかな声に振り絞った気持ちが縮んでいく。
(やっぱり、覚えてないのね……)
(でも、これだけは伝えたい)
寧々子はまっすぐ蘇芳を見つめた。
「縁談の相手があなただとわかったから、私は受けたの。私、あなたにもう一度会いたくてここに来たの」
すっと蘇芳が目を伏せ、背中を向けた。
先端の赤い金色の髪がさらりとその背を滑っていく。
「もういい」
「蘇芳――」
「どこへなりとも失せろ」
ゆっくり去っていく蘇芳を、寧々子はただ見送ることしかできなかった。
寧々子は観念し、震える手でお面を外した。
蘇芳が息を呑むのがわかった。
「申し訳ありません。私はミケではなく、寧々子です」
どうしても声が震える。
蘇芳が混乱したように髪をかきあげる。
「どういうことだ……。最初からか!? 初めて会ったときからずっとおまえは嘘をついていたのか!?」
「は、はい」
寧々子は目立たないように、お面屋で猫の面を買ってつけていたことを話した。
「人間がやっている甘味処にいたのはそのせいか……」
「偶然、私の実家にいた和菓子職人の方を再会して……お手伝いをしていました」
「そうか、昨晩、甘味の店に行っていたと言っていたな……」
蘇芳がこれまでのことを整理しているのが手に取るようにわかる。
(ミケをあやかしと思って気を許していたのだから……)
(ひどく傷つけたに違いないわ)
ずきっと胸が痛む。
(最初から、ちゃんと話しておけばよかった……)
だが、できなかった。
屈託のない笑顔を見せてくれるのが、親しみを込めて話してくれるのが嬉しくて、楽しい時間がずっと続いてほしいと願ってしまった。
今の寧々子のできるのは、誠心誠意謝るだけだ。
「本当に申し訳ございません。言い出せずに、騙すような形になってしまって……」
蘇芳の赤い目がぎらりと光った。
「おまえ、人間の男と逢い引きしていたのか」
「は?」
何のことだろうと戸惑った瞬間、俊之の顔が浮かんだ。
事情を知らなければ、痴話ゲンカのように思われてもおかしくない。
「違います!」
「では、あの男は誰だ!」
寧々子は腹をくくった。
どんなに都合が悪くても、もう嘘はつかない。
これ以上、信頼を損ねたくなかった。
もはや信頼など、かけらもないかもしれないが。
「……元婚約者です」
「なんだと……」
蘇芳の顔に驚きが広がる。
「ですが、婚約破棄してから会っておりませんでした。さっき、偶然会ったんです」
「そんな話を信じろと言うのか!」
寧々子はぐっと詰まった。
今、何を言っても言い訳にしか取られないだろう。
そもそも、正体を隠して素知らぬふりをしていたのだから。
寧々子は蘇芳を見上げた。
自分の素直な思いをぶつけるのは今しかなかった。
「蘇芳、私を覚えていない?」
「なんだと?」
決意を秘めて見つめてる寧々子に、蘇芳が怯んだ表情になった。
「十年前、私は異界に迷いこんだの。夏祭りの日で、神社の隣にある森にいたと思ったら、全然別の場所だった」
「……」
蘇芳がじっと聞き入っている。
「提灯の光が見えてホッとしたけど……そこにいたのは異形のあやかしたちだった。怖くて心細くて泣きそうになったとき、あなたが来てくれたの」
寧々子は必死で声を振り絞った。
「あなたは私にイチゴ大福をくれた。一番のお気に入りのお菓子だって」
蘇芳の眉がぴくりと動いた。
「だから私、あなたが甘味が好きだと確信があったの。嫁入りの日に思い出の甘味を持ってきたけど渡せなかった」
「だから、どうした」
覚悟はしていたが、冷ややかな声に振り絞った気持ちが縮んでいく。
(やっぱり、覚えてないのね……)
(でも、これだけは伝えたい)
寧々子はまっすぐ蘇芳を見つめた。
「縁談の相手があなただとわかったから、私は受けたの。私、あなたにもう一度会いたくてここに来たの」
すっと蘇芳が目を伏せ、背中を向けた。
先端の赤い金色の髪がさらりとその背を滑っていく。
「もういい」
「蘇芳――」
「どこへなりとも失せろ」
ゆっくり去っていく蘇芳を、寧々子はただ見送ることしかできなかった。