「すごく綺麗……」

 昨晩、蒼火(そうび)から渡された赤いリボンにため息がもれる。
 艶のある赤いリボンは金糸の縁取りがされ、一目で高級品とわかる。

(まさか、蘇芳(すおう)から贈り物をもらえるなんて……!)

 昨晩、蒼火から手渡されたときは信じられなかった。

(少しは……歩み寄ってくれたのだろうか?)

 あれほど人間に対して忌避感を抱いていた蘇芳の態度が軟化したのが信じられない。

(やっぱり、晩ご飯を一緒に食べているのがよかったのかしら)
(気持ちが伝わったと思いたい……!)

 寧々子(ねねこ)は髪の上半分を後ろでまとめると、仕上げにリボンを結んだ。

(うん、いい感じ!)

 せっかくリボンをつけているので、着物ではなく袴を選んだ。

(ふふ、まるで女学生のようね)

 三毛猫の化け面をつけると、寧々子はウキウキと屋敷を出た。
 今日は蒼火も調査に参加するとのことで、一人で出かけることになったのだ。

 だが、もう二度目なので不安はない。
 迷うことなく甘味処に向かう。

(昨晩はいろいろお話できたな……)

 思ったより蘇芳と自然に話せた気がするが、警戒されているのが何となく伝わってきた。
 自分がミケのときの蘇芳を比べてしまうと明らかだ。

 ミケと――あやかしといる時の蘇芳は気さくで陽気だ。
 おそらくはあれが彼の本来の姿だろう。

(もっと信用してもらいたいな……)

 今のところ、多忙な蘇芳が時間を取ってくれるのは食事のときだけだ。

(やっぱり料理で頑張るしかないか)

 今彼が追っている事件の手伝いができるといいのだが、部外者で新参者の寧々子がやれることなどないだろう。

(せめて修三(しゅうぞう)さんのお手伝いをしよう……)

 昨日のようにお客が押し寄せたら、一人では応対できないだろう。

(今日も蘇芳は来てくれるだろうか)

 また親しげに『ミケ』と呼んで、頭を撫でてくれるだろうか――。
 ちくっと胸に痛みが走った。

(私、蘇芳を騙している……)

 正体を隠し、あやかしの振りをしている。
 それで信用してほしいなどと、言えたものではない。

(ダメだ……ちゃんと言わなきゃ)

 ミケとして接する蘇芳との時間は、寧々子にとってとても幸せなひとときだった。
 あの時間を失いたくない。
 もっと蘇芳の笑顔を見ていたかった。

(でも、勇気を出して言わないと……)

 蘇芳は自分の手料理を食べてくれた。そして、この赤いリボンをくれた。
 自分も信頼に応えないとと思う。
 だが、すべてを話すのが怖かった。

(きっと怒られる……)

 騙されたと知った蘇芳の怒りを思うと、心がしんと冷える。

「……?」

 甘味処の前に一人の男性が立っていた。
 珍しい洋装の男性で、お面もつけていない。

(まさか、人間……?)

 視線に気づいたのか、洋装の男性が振り返った。

「えっ……」

 信じられない思いで寧々子は男性を見つめた。

俊之(としゆき)さん!?」

 なぜか元婚約者の俊之が、朱雀(すざく)国の町中に立っていた。