蘇芳とのデートを終えた寧々子は、ふわふわした足取りで店に戻った。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
修三に何度も聞かれるほど、夢見心地で寧々子は店じまいを手伝った。
(蘇芳とあんな時間を過ごせるなんて……!)
だが、浮かれた気持ちを慌てて押し殺す。
(あれは……私じゃんくてミケだから……)
(人間の私と知ったら、きっとあんな風に笑いかけてくれないわ……)
(でも、私は人間だし)
寧々子は落ち込みかけた心を奮い立たせた。
(でも、思いを続けていたら、きっと伝わるって言ってくれた)
(頑張るしかない!)
寧々子は気持ちを新たにした。
後片付けを終えると、修三が箱を手渡してくる。
「これ、残り物で悪いけど持って帰ってください」
箱には和菓子がぎっしりと詰められていた。
「手伝ってもらってるのに、こんなお返ししかできなくて悪いですが……」
「嬉しい。ありがとう修三さん」
寧々子は手に和菓子を持って家路についた。
美味しい和菓子がたくさんあると思うと気持ちが浮き立つ。
(そうだ。せっかくこんなに美味しいのだから、他の人にも食べてもらいたい)
「ただいま」
屋敷に戻ると、珠洲が飛ぶようにして駆けてくる。
「寧々子様! お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ありがとう。ね、このあと、一緒にお茶しない?」
「お茶ですか? はい……」
珠洲がきょとんとしている。
「珠洲さんは甘いものって好き?」
寧々子の問いに、珠洲がぱっと顔を輝かせる。
「好きです! でも、滅多に食べられなくて……」
朱雀屋敷では、蘇芳が食べないから置いてないのだろう。
「ちょうどよかった。甘味をもらってきたの」
「チュン!!」
興奮したのか、珠洲の手が鳥の羽に変わる。
「あっ、あっ」
「落ち着いてね。私はあやかしの姿でも大丈夫だけど……」
「はいっ! でも、人の姿の方が食べやすいので!」
珠洲がなんとか手を人の形に戻した。
「ふふっ、すぐに戻ったわね」
食い意地の力はすごい。
「ねえ、銀花さんも誘いたいんだけど……厨房に行ってもいいかしら」
銀花には快く厨房を貸してもらっている。
改めてちゃんとお礼をしたかった。
「今の時間なら、『滝の間』にいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「滝の間?」
「中庭に小さな滝があって、それに面したお座敷です。銀花さんが休憩しているときは、よくそこにいます」
「そうなの、じゃあ、行ってみましょう」
「はいっ!」
珠洲を連れて『滝の間』に行くと、白銀色の長い髪をおろした銀花がひとり滝を見つめていた。
「銀花さん、こんにちは」
寧々子が声をかけると、はっと振り向く。
「なあに。休憩時間だから、厨房なら好きに使っていいわよ」
「あ、いえ、そうではなく……。一緒におやつを食べませんか?」
「おやつ?」
「ええ。人間の和菓子職人が作った甘味なんですけど」
「えっ」
銀花の色の薄い目が輝いた。
「甘味って何?」
「豆大福、どら焼き、練り切り……いろいろありますよ」
「いいの? そんな貴重なものをいただいて……」
銀花が遠慮がちに言う。
やはりこの国では、ちゃんとした和菓子は貴重なのだ。
「もちろんです! お世話になっているお礼なので!」
「そう……。じゃあ、いただくわ。職人さんが作った和菓子なんて久しぶり。そうとなれば、いいお茶をいれなきゃね!」
銀花がいそいそと座敷を出ていく。
「じゃあ、ここでおやつ会をしてもいいかしら」
「大丈夫です! 寧々子様は王の花嫁なのですから」
珠洲がいそいそと座布団を用意する。
銀花が三人分のお茶と小皿を持ってきてくれる。
「わあ、素敵ですね。このお皿」
「ふふっ。陶器市で私が選んだのよ」
寧々子はさっそく持ってきた甘味を皿に載せた。
「わあ……」
「いいね。華やかで」
「ちなみに、豆大福とどら焼きは職人さんが作ったんですが、練り切りは私のお手製です。練習にたくさん作ったので余ってしまって……」
「へえ。あんたこんな特技があったの」
銀花が花や果実の形をした練り切りをまじまじ見つめる。
「なかなか上手じゃない」
「生地は職人さんが作ってくれたので、味はたぶん大丈夫だと思うんですけど……」
「ふふ、これ面白いわね。みかんそっくり」
銀花が橙色の練り切りをひょいとつまんで口に入れる。
「うん! 美味しい! これはいい職人さんだね!」
銀花の掛け値無しの賞賛に、ホッとする。
銀花の作る料理は丁寧に作られていて、しっかりとした味付けだ。
つまり、舌が肥えているということに他ならない。
そんな銀花が誉めているのだから、やはり修三の腕前は本物だ。
珠洲はと見ると、必死で豆大福にかぶりついている。
「あーあ、この子はもう。粉だらけでしょ」
銀花に口周りを拭かれながらも、珠洲が無心で大福にかぶりついている。
「おいひいです!」
「口にものを入れたまま喋らないの!! ああー、また粉が飛び散って……」
銀花が呆れながら机を拭く。
「私も豆大福をもらおうかね。人間の作った甘味は久しぶりだが、やはり美味いね……」
「銀花さんは和菓子を食べたことが?」
「ああ。私はずっと人間界にいたらからね」
「そうなんですか!?」
寧々子は驚いて声を上げてしまった。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
修三に何度も聞かれるほど、夢見心地で寧々子は店じまいを手伝った。
(蘇芳とあんな時間を過ごせるなんて……!)
だが、浮かれた気持ちを慌てて押し殺す。
(あれは……私じゃんくてミケだから……)
(人間の私と知ったら、きっとあんな風に笑いかけてくれないわ……)
(でも、私は人間だし)
寧々子は落ち込みかけた心を奮い立たせた。
(でも、思いを続けていたら、きっと伝わるって言ってくれた)
(頑張るしかない!)
寧々子は気持ちを新たにした。
後片付けを終えると、修三が箱を手渡してくる。
「これ、残り物で悪いけど持って帰ってください」
箱には和菓子がぎっしりと詰められていた。
「手伝ってもらってるのに、こんなお返ししかできなくて悪いですが……」
「嬉しい。ありがとう修三さん」
寧々子は手に和菓子を持って家路についた。
美味しい和菓子がたくさんあると思うと気持ちが浮き立つ。
(そうだ。せっかくこんなに美味しいのだから、他の人にも食べてもらいたい)
「ただいま」
屋敷に戻ると、珠洲が飛ぶようにして駆けてくる。
「寧々子様! お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ありがとう。ね、このあと、一緒にお茶しない?」
「お茶ですか? はい……」
珠洲がきょとんとしている。
「珠洲さんは甘いものって好き?」
寧々子の問いに、珠洲がぱっと顔を輝かせる。
「好きです! でも、滅多に食べられなくて……」
朱雀屋敷では、蘇芳が食べないから置いてないのだろう。
「ちょうどよかった。甘味をもらってきたの」
「チュン!!」
興奮したのか、珠洲の手が鳥の羽に変わる。
「あっ、あっ」
「落ち着いてね。私はあやかしの姿でも大丈夫だけど……」
「はいっ! でも、人の姿の方が食べやすいので!」
珠洲がなんとか手を人の形に戻した。
「ふふっ、すぐに戻ったわね」
食い意地の力はすごい。
「ねえ、銀花さんも誘いたいんだけど……厨房に行ってもいいかしら」
銀花には快く厨房を貸してもらっている。
改めてちゃんとお礼をしたかった。
「今の時間なら、『滝の間』にいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「滝の間?」
「中庭に小さな滝があって、それに面したお座敷です。銀花さんが休憩しているときは、よくそこにいます」
「そうなの、じゃあ、行ってみましょう」
「はいっ!」
珠洲を連れて『滝の間』に行くと、白銀色の長い髪をおろした銀花がひとり滝を見つめていた。
「銀花さん、こんにちは」
寧々子が声をかけると、はっと振り向く。
「なあに。休憩時間だから、厨房なら好きに使っていいわよ」
「あ、いえ、そうではなく……。一緒におやつを食べませんか?」
「おやつ?」
「ええ。人間の和菓子職人が作った甘味なんですけど」
「えっ」
銀花の色の薄い目が輝いた。
「甘味って何?」
「豆大福、どら焼き、練り切り……いろいろありますよ」
「いいの? そんな貴重なものをいただいて……」
銀花が遠慮がちに言う。
やはりこの国では、ちゃんとした和菓子は貴重なのだ。
「もちろんです! お世話になっているお礼なので!」
「そう……。じゃあ、いただくわ。職人さんが作った和菓子なんて久しぶり。そうとなれば、いいお茶をいれなきゃね!」
銀花がいそいそと座敷を出ていく。
「じゃあ、ここでおやつ会をしてもいいかしら」
「大丈夫です! 寧々子様は王の花嫁なのですから」
珠洲がいそいそと座布団を用意する。
銀花が三人分のお茶と小皿を持ってきてくれる。
「わあ、素敵ですね。このお皿」
「ふふっ。陶器市で私が選んだのよ」
寧々子はさっそく持ってきた甘味を皿に載せた。
「わあ……」
「いいね。華やかで」
「ちなみに、豆大福とどら焼きは職人さんが作ったんですが、練り切りは私のお手製です。練習にたくさん作ったので余ってしまって……」
「へえ。あんたこんな特技があったの」
銀花が花や果実の形をした練り切りをまじまじ見つめる。
「なかなか上手じゃない」
「生地は職人さんが作ってくれたので、味はたぶん大丈夫だと思うんですけど……」
「ふふ、これ面白いわね。みかんそっくり」
銀花が橙色の練り切りをひょいとつまんで口に入れる。
「うん! 美味しい! これはいい職人さんだね!」
銀花の掛け値無しの賞賛に、ホッとする。
銀花の作る料理は丁寧に作られていて、しっかりとした味付けだ。
つまり、舌が肥えているということに他ならない。
そんな銀花が誉めているのだから、やはり修三の腕前は本物だ。
珠洲はと見ると、必死で豆大福にかぶりついている。
「あーあ、この子はもう。粉だらけでしょ」
銀花に口周りを拭かれながらも、珠洲が無心で大福にかぶりついている。
「おいひいです!」
「口にものを入れたまま喋らないの!! ああー、また粉が飛び散って……」
銀花が呆れながら机を拭く。
「私も豆大福をもらおうかね。人間の作った甘味は久しぶりだが、やはり美味いね……」
「銀花さんは和菓子を食べたことが?」
「ああ。私はずっと人間界にいたらからね」
「そうなんですか!?」
寧々子は驚いて声を上げてしまった。