翌朝、寧々子(ねねこ)蒼火(そうび)と朝食を食べることになった。

「すいません、蘇芳(すおう)様は朝早くから見回りに出かけていて……」
「いいの。忙しいのはわかっているから」

 一人で朝食を食べるつもりだったが、蒼火が一緒にいてくれるのは嬉しかった。

「わ、美味しい……銀花(ぎんか)さんは魚を調理するのが上手なのね」

 脂ののった焼き鮭に舌鼓を打つ。
 野菜がたくさん入った味噌汁も美味い。
 蒼火がそわそわしながら、口火を切った。

「昨晩はどうでした? 蘇芳様は夕飯を食べてくれましたか?」

 心配げな蒼火に、寧々子は微笑んでみせた。

「うん。全部食べてくれたよ」
「よかった!」

 蒼火がホッとしたように肩から力を抜く。
 蘇芳がすっぽかしたり、一口も食べなかったりなど、最悪の事態も考えていたのだろう。

「まあまあ、って言ってくれた」

 蒼火が(ひたい)に手を当てる。

「ったく、あの人は……素直じゃないんだから」
「でも、素人の料理だし、そんなものだよ……」

 そう言いつつ、少し残念だった。

「いえ、味見させてもらいましたが美味しかったですよ! 蘇芳様も全部食べたんでしょう?」
「ええ……」

 無言だったが、ぱくぱくと手を止めずに食べていた。

「蘇芳様は……ちょっと人間に対して警戒心が強すぎるんですよね」

 蒼火の思わせぶりな言葉に、寧々子は俄然興味を引かれた。

「昔、何かあったの?」

 蒼火が小さくため息をつく。

「以前、人間界であやかしの事件が起こり、解決のために行き来をしていたことがあったのですが……。どうも、関係者の女性からひどい言葉を投げつけられたようで」

「ひどい言葉って……」
「化け物、とか。あやかしに対する蔑みの言葉ですね」
「そうなの……」

 背中に大きな翼を生やした蘇芳の姿は、確かに異形ではあったが、気味が悪いというよりも神々しさや美しさを感じるものだった。
 だが、人によっては受け付けないのかもしれない。

(傷つけたのは人間の女性……か)

 昨晩の蘇芳の態度からも、こちらを信用していないのがありありとわかった。

「私……近づかないほうがいいのかな」
「え?」
「蘇芳様は私と親しくなりたいと思っていないみたい。形式だけの夫婦として、異界のバランスが取れたらいいって考えてるんだったら、私が近寄るのは迷惑なのかも」
「……」

 蒼火が箸を置き、じっと青い目で見つめてくる。

「寧々子さんはそれでいいのですか?」
「……」

 お互い干渉せず、形だけの夫婦として別々に生きていく。
 そういう夫婦の形もあるだろう。
 だが、寧々子が望む形とは違う。

「私は……蘇芳様ともっと仲良くなりたい……」

 蒼火がほっとしたように表情を緩める。

「勝手な言葉ですが……蘇芳様を諦めないでほしいです」

 寧々子ははっとして蒼火を見た。

「あの人は本当は情が深くて、家族をとても大事にする人なんです。形だけの結婚なんて、きっと寂しいはずです。たった一人の配偶者と向き合えないなんて……」

 蒼火がすっと頭を下げた。

「蘇芳様はあのとおり、意固地になってしまっています。寧々子さんには不快な思いをさせてしまいますが、どうか蘇芳様を見捨てないでやってください」
「うん……わかった」

 初恋の男の子との再会を夢見てここに来た。
 冷ややかな対応に泣きたくなったが、蘇芳が根っからの冷酷な人ではないのはもうわかっている。

 ミケである自分に対する優しい思いやりのある態度を見てもわかる。
 王様だというのに、なんのてらいもなく親切にしてくれた。

(あんな風に……自然に笑いかけて、接してくれるようになるまで頑張る!)

 信用は一朝一夕では得られない。
 三池屋も百年近い歴史があるからこそ、買いに来てくれる人がいる。

(粘り強くコツコツと積み上げていくしかない)
(今日は何を作ろうかな……)

 多忙な蘇芳と唯一会えるのは、食事の時だけだ。

「ねえ、蒼火さん。今日も甘味処に行きたいんだけど……」
「やっぱり屋敷で一人でいるのは気詰まりですよね」

「修三さんのことも気になるし……あと、今日何を作るか、アイディアと材料が欲しくて」
「わかりました。お供します。協力は惜しみません」

 心強い言葉に、寧々子は微笑んだ。