気づくと蘇芳(すおう)の皿は空になっていた。
 無言で食べるつもりではあったが、こんなに夢中で味わって食べるとは思わなかった蘇芳は呆然とした。

 完食した蘇芳に、寧々子(ねねこ)から小皿と箸が差し出される。
 どうやら、あらかじめ用意して置いてあったらしい。

「これを最後にどうぞ」

 そっと出されたのは、小皿にのせられたモサモサした葉のついた緑色の野菜だった。

「付け合わせのパセリです」
「……?」

 どうやら西洋の野菜らしいが、付け合わせなのになぜ食べ終えたあとに出すのだろう。
 首を傾げながらも、初めて見る野菜が気になり蘇芳は口をつけた。

「……っ!!」

 食べた瞬間わかった。
 それは野菜そっくりに見えたが、甘味だった。
 上品な甘みが口に広がり、ほろほろとほどけていく。
 寧々子が微笑む。

「実はパセリに見せかけた、金団……きんとんです」
「きんとん……?」
「さつまいもと栗を甘く煮てつぶしたものです。それに抹茶を混ぜて緑色にしました」

 言われれば抹茶の風味がする。
 優しい甘みに、蘇芳はあっという間に食べ終えてしまった。
 そして、もちろん聞かずにはおれなかった。

「なぜ、野菜に見せかけた甘味を出したのだ?」

 寧々子がそっと目をそらせる。

「あの、甘味を食べるのがダメだと聞いて……」
「……ああ」

 そんなことをなぜ知っているのかと驚いたが、蒼火から聞いたのかもしれない。

「でも、お好きですよね?」

 寧々子がじっと見つめてくる。

「なぜそう思う?」

 尋ねると、寧々子が悲しげに目をそらせた。

「……覚えてらっしゃらないんですね」

 それは小さなつぶやきで、蘇芳はよく聞き取れなかった。

(それにしても、俺が気になる料理がよくわかったな……偶然か?)

 すべて食べ終えた蘇芳は、思いのほか食事を楽しんだことに動揺しながらも手を合わせた。

「お味はどうでしたか? お口に合いました?」

 寧々子の言葉に、蘇芳はぐっと詰まった。

(美味かった。どれも初めての味なのに、よく馴染んだ)

「まあまあだな……」

 口から出た言葉の素っ気なさに、蘇芳は自分でも驚いた。
 寧々子がしゅんとしたようにうつむく。
 罪悪感が胸を焼いた。

(これが銀花(ぎんか)の料理なら、手放しで賞賛しただろう。俺は人間の娘、ということがこれほど気に掛かっているのか……)

 寧々子が気を取り直したように顔を上げた。

「あの、明日も一品作ります! だから――晩ご飯をご一緒したいです」

 寧々子の一品――想像するだけで頬が緩んだ。
 今度はどんな料理を作るのだろう。
 だから、蘇芳は素直にうなずいていた。

「わかった」

 ぱっと寧々子の顔が輝く。

(変な娘だ……。俺のことなんて放っておけばいいだろうに)

 ふと、脳裏に何かが引っかかった。
 寧々子の笑顔を以前見たことがあるような気がした。

(そんなわけはないのにな……)