蘇芳がちらりとテーブルに目をやった。
「甘味を食べていたのか。おまえたちもせっかくの憩いの時間を台無しにされたな」
修三がおずおずと歩みでた。
「あ、あの、王様。助けてくれてありがとうございます。よかったら、お礼にあんみつはいかがですか? お嬢様たちも」
「えっ、いいの?」
寧々子の言葉に、修三が笑顔でうなずいた。
「試作中なので、ぜひ食べてみてください。三池屋は喫茶がなかったので、店で食べられるメニューをいろいろ考案中なんです」
修三がいそいそと新しいお茶をいれてくれる。
「残念だが、俺は遠慮する」
蘇芳の言葉に寧々子は驚いた。
「……蘇芳様、甘味はお嫌いですか?」
「嫌いなわけではないが、食べない。俺は王だからな」
「どういうことですか?」
「王たるもの、常に威厳を持って畏怖される存在でなければならない」
蘇芳が肩をすくめる。
「――と、長老どもがくどいほど言ってくるのでな。甘味など、軟弱なものを人前で食べるな、と」
「そんな――!」
夏祭りのときに、イチゴ大福をお気に入りだと持ってきてくれた蘇芳。
(甘味が好きなのに食べられないの?)
「俺に気にせず、食べるといい。俺は茶をもらう」
「……」
蒼火が落ち着かない様子でそわそわしている。
寧々子と蘇芳が近い距離で話しているのが気にかかるのだろう。
危険な綱渡りをしているのは、寧々子も重々承知の上だ。
本当はバレないうちに、さっさと店を出たほうがいい。
だが、寧々子はこの場を離れたくなかった。
気さくに話してくれる蘇芳、自分に笑いかけてくれる蘇芳を、もっと見ていたかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ぜひ食べてみたいわ」
寧々子の言葉に、蒼火が諦めたように嘆息した。
「じゃあ、僕もいただきます」
「はい、今すぐに!」
寧々子はちらっと蘇芳を見やった。
こんな風に近くで話せる機会はまずないだろう。
「あの、蘇芳様は嫌いな食べ物とかありますか?」
すかさず晩ご飯のリサーチを始めた寧々子に、蒼火が思わずお茶を吹く。
ずいぶん大胆なことをすると思われたに違いない。
(でも、本人に直接聞いたほうがいいし。今日の晩ご飯が気に入らなかったら、もう一緒に食べてくれないかもしれないし)
寧々子は寧々子なりに必死だった。
「特に好き嫌いはない」
「じゃ、じゃあ、好きなものは?」
「特に。なんでも食べる」
「では、今食べてみたいものは?」
「ずいぶん熱心に聞いてくるのだな」
ぐいぐいと迫ってくる寧々子に蘇芳が苦笑する。
「そうだな……。まだ食べたことはないが、人間界で流行している洋食というものに興味があるな」
「洋食ですか!」
洋菓子店の跡継ぎと婚約していたので、寧々子は一緒に店を切り盛りすることを考えて洋菓子の勉強をした。
そのときに、洋食も作ってみたことがある。
俊之のすげない態度にすべてが無駄だったと空しくなったが、まさかその経験がここで生きてくるとは思わなかった。
(洋食なら……作れるわ! なんにしよう。ライスカレー? 材料が揃うかしら。それにあまりに先鋭的なものより、もっと身近なもののほうが……)
寧々子が考えを巡らせていると、修三が盆を手にやってきた。
「お待たせしました」
「わあ」
透明の器に入れられたあんみつに、思わず声を上げてしまう。
それほど、修三のあんみつは美味しそうだった。
賽の目状に切られたつやつやの寒天、円くこんもりと盛られた餡、さまざまな果物や白玉が配されている。
色彩豊かで爽やかな一品だ。
「素敵……! 修三さん、すごいわね」
「……再就職にあたって、いろいろ食べ歩いたんですよ。それで自分でも作れないかと思って」
相変わらずぼそぼそとした口調だったが、嬉しさが滲み出ている。
視線を感じ、寧々子はふいっと蘇芳を見た。
蘇芳は素知らぬふうを装っていたが、ちらちらと横目であんみつを見ている。
紅玉のような赤い目には好奇心の光が点っていた。
「……それはあんみつというのか」
「そうです」
「ふむ……『あん』は餡子だな。だが『みつ』は?」
「みつ豆のことです。ゆでた赤エンドウ豆に寒天や果物を混ぜたものです」
「ほほう……。ではそれは?」
蘇芳が付け合わせの陶器の小瓶に入った黒蜜を指差した。
「この黒蜜はお好みでかけるんです」
以前、あんみつは食べたことがある。
寧々子はさっと透明な寒天の上に黒蜜をかけた。
「寒天自体は感触を楽しむもので、ほとんど味がありません。餡子と黒蜜と一緒に食べることによって、しっかりした甘さが出ます」
「な、なるほど……」
ごくり、と蘇芳の喉が鳴った。
「……あの、蘇芳様、一口食べてみます?」
匙を差し出すと、蘇芳の顔がカッと赤らんだ。
ふい、と蘇芳が顔をそむける。
「いらぬ。食べないと言ったであろう」
「でも、せっかくですし……」
「いらぬ、と言っている!」
声を荒げられ、寧々子はびくりとした。
「す、すまない。大声を出すつもりはなかった」
蘇芳が申し訳なさそうにうなだれる。
「問題が山積みでな。ついイライラしてしまった……」
蘇芳の言葉がちくんと胸を刺す。
(もしかして、それは私の――人間の花嫁のことも入っているのだろうか)
寧々子は気を取り直し、ぱくりとあんみつを口に入れた。
しっかりした甘みが口いっぱいに広がる。
「うう……美味しい……」
寧々子につられるように、蒼火もあんみつを口にする。
「こんな甘味は初めてです。甘い餡子、さっぱりした寒天、酸味のある果物と、味と食感が一匙ごとに変わって飽きないですね!」
蒼火がもりもりと食べるのを、蘇芳が羨ましそうに見ている。
疲れているときこそ、甘味はいい気分転換になる。
(なのに、王だから食べられないなんて可哀想……)
そのとき、寧々子はハッとした。
(あるわ。食べてもらう方法が――!)
「甘味を食べていたのか。おまえたちもせっかくの憩いの時間を台無しにされたな」
修三がおずおずと歩みでた。
「あ、あの、王様。助けてくれてありがとうございます。よかったら、お礼にあんみつはいかがですか? お嬢様たちも」
「えっ、いいの?」
寧々子の言葉に、修三が笑顔でうなずいた。
「試作中なので、ぜひ食べてみてください。三池屋は喫茶がなかったので、店で食べられるメニューをいろいろ考案中なんです」
修三がいそいそと新しいお茶をいれてくれる。
「残念だが、俺は遠慮する」
蘇芳の言葉に寧々子は驚いた。
「……蘇芳様、甘味はお嫌いですか?」
「嫌いなわけではないが、食べない。俺は王だからな」
「どういうことですか?」
「王たるもの、常に威厳を持って畏怖される存在でなければならない」
蘇芳が肩をすくめる。
「――と、長老どもがくどいほど言ってくるのでな。甘味など、軟弱なものを人前で食べるな、と」
「そんな――!」
夏祭りのときに、イチゴ大福をお気に入りだと持ってきてくれた蘇芳。
(甘味が好きなのに食べられないの?)
「俺に気にせず、食べるといい。俺は茶をもらう」
「……」
蒼火が落ち着かない様子でそわそわしている。
寧々子と蘇芳が近い距離で話しているのが気にかかるのだろう。
危険な綱渡りをしているのは、寧々子も重々承知の上だ。
本当はバレないうちに、さっさと店を出たほうがいい。
だが、寧々子はこの場を離れたくなかった。
気さくに話してくれる蘇芳、自分に笑いかけてくれる蘇芳を、もっと見ていたかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ぜひ食べてみたいわ」
寧々子の言葉に、蒼火が諦めたように嘆息した。
「じゃあ、僕もいただきます」
「はい、今すぐに!」
寧々子はちらっと蘇芳を見やった。
こんな風に近くで話せる機会はまずないだろう。
「あの、蘇芳様は嫌いな食べ物とかありますか?」
すかさず晩ご飯のリサーチを始めた寧々子に、蒼火が思わずお茶を吹く。
ずいぶん大胆なことをすると思われたに違いない。
(でも、本人に直接聞いたほうがいいし。今日の晩ご飯が気に入らなかったら、もう一緒に食べてくれないかもしれないし)
寧々子は寧々子なりに必死だった。
「特に好き嫌いはない」
「じゃ、じゃあ、好きなものは?」
「特に。なんでも食べる」
「では、今食べてみたいものは?」
「ずいぶん熱心に聞いてくるのだな」
ぐいぐいと迫ってくる寧々子に蘇芳が苦笑する。
「そうだな……。まだ食べたことはないが、人間界で流行している洋食というものに興味があるな」
「洋食ですか!」
洋菓子店の跡継ぎと婚約していたので、寧々子は一緒に店を切り盛りすることを考えて洋菓子の勉強をした。
そのときに、洋食も作ってみたことがある。
俊之のすげない態度にすべてが無駄だったと空しくなったが、まさかその経験がここで生きてくるとは思わなかった。
(洋食なら……作れるわ! なんにしよう。ライスカレー? 材料が揃うかしら。それにあまりに先鋭的なものより、もっと身近なもののほうが……)
寧々子が考えを巡らせていると、修三が盆を手にやってきた。
「お待たせしました」
「わあ」
透明の器に入れられたあんみつに、思わず声を上げてしまう。
それほど、修三のあんみつは美味しそうだった。
賽の目状に切られたつやつやの寒天、円くこんもりと盛られた餡、さまざまな果物や白玉が配されている。
色彩豊かで爽やかな一品だ。
「素敵……! 修三さん、すごいわね」
「……再就職にあたって、いろいろ食べ歩いたんですよ。それで自分でも作れないかと思って」
相変わらずぼそぼそとした口調だったが、嬉しさが滲み出ている。
視線を感じ、寧々子はふいっと蘇芳を見た。
蘇芳は素知らぬふうを装っていたが、ちらちらと横目であんみつを見ている。
紅玉のような赤い目には好奇心の光が点っていた。
「……それはあんみつというのか」
「そうです」
「ふむ……『あん』は餡子だな。だが『みつ』は?」
「みつ豆のことです。ゆでた赤エンドウ豆に寒天や果物を混ぜたものです」
「ほほう……。ではそれは?」
蘇芳が付け合わせの陶器の小瓶に入った黒蜜を指差した。
「この黒蜜はお好みでかけるんです」
以前、あんみつは食べたことがある。
寧々子はさっと透明な寒天の上に黒蜜をかけた。
「寒天自体は感触を楽しむもので、ほとんど味がありません。餡子と黒蜜と一緒に食べることによって、しっかりした甘さが出ます」
「な、なるほど……」
ごくり、と蘇芳の喉が鳴った。
「……あの、蘇芳様、一口食べてみます?」
匙を差し出すと、蘇芳の顔がカッと赤らんだ。
ふい、と蘇芳が顔をそむける。
「いらぬ。食べないと言ったであろう」
「でも、せっかくですし……」
「いらぬ、と言っている!」
声を荒げられ、寧々子はびくりとした。
「す、すまない。大声を出すつもりはなかった」
蘇芳が申し訳なさそうにうなだれる。
「問題が山積みでな。ついイライラしてしまった……」
蘇芳の言葉がちくんと胸を刺す。
(もしかして、それは私の――人間の花嫁のことも入っているのだろうか)
寧々子は気を取り直し、ぱくりとあんみつを口に入れた。
しっかりした甘みが口いっぱいに広がる。
「うう……美味しい……」
寧々子につられるように、蒼火もあんみつを口にする。
「こんな甘味は初めてです。甘い餡子、さっぱりした寒天、酸味のある果物と、味と食感が一匙ごとに変わって飽きないですね!」
蒼火がもりもりと食べるのを、蘇芳が羨ましそうに見ている。
疲れているときこそ、甘味はいい気分転換になる。
(なのに、王だから食べられないなんて可哀想……)
そのとき、寧々子はハッとした。
(あるわ。食べてもらう方法が――!)