蘇芳(すおう)に見つめられ、寧々子(ねねこ)は体をすくませた。

(こっそり町に出たのがバレてしまった!!)

 だが、蘇芳から返ってきたのは、安心させるような優しい笑みだった。

「三毛猫の化け面か。可愛いな」
「えっ……」

 寧々子は慌てて顔に手をやった。
 すっかり馴染んでしまって忘れていたが、猫の化け面をかぶっていたことを思い出す。

(そっか! お面をかぶっているから気づかれていないんだ!)

 安堵しつつも、寧々子はうつむき加減になった。
 声や仕草でバレないとも限らない。

「ど、どうも……」
「怖かっただろう。怪我はないか?」
「は、はいいっ……」

 蘇芳が気遣うように顔を近づけてきたので、修三(しゅうぞう)顔負けの小声になってしまう。

「そうか、よかった」

 輝くような蘇芳の笑顔に、寧々子は呆然とした。

(笑うと……こんなに可愛らしく見えるんだ……)

 寧々子が屋敷で見た蘇芳は、冷ややかで感情のない能面のような顔をしていた。
 優しい方だといくら他人に言われても実感できなかった。

 だが、目の前で穏やかな笑みを浮かべている蘇芳は、同一人物とは思えないほどリラックスして見える。

(こんな屈託のない顔をなさるのね……)
(ああ、変わらない。十年前と――)
(あのときも安心させるように笑ってくれていた)
(やっぱり蘇芳だ……)

「見ない顔だな、猫娘。名前は?」
「ええっ、あっ、ね――」

 寧々子、と本名を言いかけて慌てて口を閉じた。
 かたわらで蒼火(そうび)が目を剥いている。

 必死で目配せしてくる蒼火に、寧々子は軽くうなずいてみせた。
 バレないように振る舞わなくては。

「ね、猫又のミケです……」

 適当なあやかし名と名前を名乗ってしまう。

(ちょっとそのまますぎたかな……)

 ドキドキして蘇芳を見やると、ぱっと笑顔になった。

「ミケか! 可愛い名前だな」
「ど、どうも……」

 ホッとしつつも、寧々子は複雑な気分だった。

(こんなに近くで話しているのに、全然私だと気づかないのね……)
(お面をかぶっているからしょうがないかもしれないけれど)
(本当に私に興味がないんだわ……)

 わかっていたことだが、気持ちが沈む。
 寧々子の気も知らず、蘇芳が蒼火に楽しげに話しかける。

「おまえの友達か? こんなに可愛らしい友人がいるなんて知らなかったぞ」
「え、ええ、そうなんです。人間界から来たばっかりで……な?」

 蒼火が話を合わせてくれたので、寧々子はこくこくうなずいた。

「まだ申請中で正式な認定書はないけど……」
「そうなのか。道理で見覚えがないと思った。すまないな。警備の仕事に追われ、書類仕事が後回しになってしまっている」
「大丈夫ですよ! 認定待ちでも朱雀国には住めますし!」

 蒼火が必死で事情を寧々子にわかるように説明してくれる。

(この国に住むには王の許可が必要なのね。でも、審査が追いつかなくて、認定待ちの人たちもいるってことか……)
(警備の仕事もあるし、王様って本当に忙しいのね)
(そりゃあ、私のことなんか(かえり)みないはずだわ)
(だって、望んだ結婚じゃないもの……)

 寧々子はしょんぼりうつむいた。

「もしかして、デート中だったか?」

 蘇芳の言葉に、蒼火と寧々子は飛び上がらんばかりに驚いた。

「ち、違いますよ! ね……ミケを案内していただけです!」
「照れるな。おまえがミケを気に入っているのは見ればわかる」

 蒼火の慌てっぷりに、蘇芳がクスクス笑う。
 蒼火が気まずそうにそっぽを向いた。