「おうおう、人間くさいな、この店は!」

 いきなり入ってきたのは、鬼の面をつけた三人の大柄な男たちだった。
 口元の開いた面の下で、鼻がひくひくと動く。
 角と牙がついた面は(いか)つく恐ろしげで、寧々子はびくりとした。

「何か食い物を寄越せ」
「ここは食い物屋だろう?」

 口々に勝手なことを言う男たちの腰には、刃物らしきものがある。

「な、何?」

 怯える寧々子(ねねこ)をかばうように蒼火(そうび)が前に出る。

「おまえたち、異界から勝手に来た結界破りだな」
「なんだ、このガキ」
「失せろ」

 ぽっと青い炎が空中に浮いたかと思うと、銃弾のように男たちに向かって放たれた。

「あちちっ!!」

 たまらず男たちが店の外へと逃げ出す。

「何するんだよ! 俺たちは結界破りじゃねえ!!」
「このとおり人間の姿に化けているし、面もかぶってるだろ!」

 地べたに転がり、着物についた火を消しながら男たちが叫ぶ。
 蒼火が冷ややかに男たちを見下した。

「じゃあ、許可証を出せ」
「は?」
朱雀(すざく)国に居住を許された者には在留許可証を出している。持っていないのであれば、おまえたちは不正な手段で入国した結界破りと見なす」

 男たちが顔を見合わせる。

「他の境国ではどうか知らんが、ウチでは王がちゃんと仕切っているんだ」
「知るか!」
「俺たちは俺たちの好きにするんだよ!」

 男たちが腰紐からするっと武器を抜いた。

「蒼火さん!!」

 明らかに体格で圧倒する男たちが攻撃姿勢を取っている。
 寧々子はどうしたらいいかわからず、おろおろした。

「僕の後ろにいてください。大丈夫ですよ、こんな奴ら。それに、この騒ぎを聞きつけて火鳥(ひとり)組がすぐ来てくれますよ」

 蒼火は悠然とした態度を崩さない。
 なぜそんなに余裕があるのか、寧々子には理解できなかった。
 男たちは今にも飛びかかってきそうだ。

「おまえたち、何をしている!!」

 よく通る声が響いた。

「ほら、火鳥組が――」

 そう言いかけた蒼火がぽかんと口を開けた。

「蒼火! おまえ何をしている!」

 毛皮のついたマントをはためかせて駆けつけたのは、黄金色の髪をなびかせた蘇芳(すおう)だった。
 屋敷内では着物だったが、今の蘇芳はマントの下に軍服のような洋装をしている。

「えっ、なんで蘇芳様が――」
「火鳥組の見回りを手伝っているんだ。手が足りないらしくてな」

 蘇芳がじろりと鬼の面をつけた男たちを睨めつける。
 背丈は男たちと変わらないが蘇芳は細身で、体の厚みが全然違う。
 寧々子はハラハラと見守ったが、蘇芳はまるで動揺した様子がない。
 それどころか口の端に笑みが浮かんでいる。

「ふん、一応人に化けられるのか。結界破りのくせにこしゃくな」

 男たちがじりっと後ずさりをする。

「こいつ……やばい、朱雀王だ」
「王がなんだって言うんだ! 同じあやかしだろ!!」

 男たちは面を投げ捨てた。

「あっ……」

 男たちの体が膨れ上がったかと思うと、一気に体が大きくなる。
 ザンバラ髪が伸び、頭部には日本の角が生え、口からは牙が覗く。

「鬼……!」
「それが本性か」

 蘇芳が不敵に笑う。
 バサリという音とともに、その背中に大きな翼が生えた。
 蘇芳の背後に現れた翼は、髪と同じ金に赤が混ざった美しい色をしていた。

(なんて……美しいの……)

 寧々子は息を呑んだ。
 太陽が顕現したかのように、煌びやかに輝く羽に目を奪われる。

(朱雀……伝説上の四神がここにいる……!!)

 ばさりと大きく翼を羽ばたかせると、矢のように羽が飛ぶ。

「ぎゃっ!!」

 羽はまるで刃物のように、鬼たちの屈強な体に突き刺さった。

「あっ……」

 突き刺さった羽が炎に変わる。

「ぎゃあああああ!!」

 鬼たちの体はあっという間に炎に包まれ、塵となって消えた。
 いつの間にか集まった民たちから、わっと歓声が上がる。

「さすが蘇芳様!!」

 にこやかに手を上げて応えると、蘇芳は店内に入ってきた。
 背中の翼は消え去っている。

「大丈夫か、蒼火」
「ええ。すぐ蘇芳様が来てくれたので」
「ん? そっちは――」

 蘇芳が目を向けてきたので、寧々子はびくっとした。

(どうしよう、怒られる!!)