あやかしのお面をつけていると、あやかしの仲間入りをした気分になった。
 顔を隠しているせいか、誰に憚ることなく堂々と歩ける。
 寧々子(ねねこ)は足取りも軽く道を闊歩(かっぽ)した。

「お面、いいものですね。付けている人が多いのがわかります」
「別人になった気分って悪くないですよね。僕も何か買えばよかったな」

 楽しげな寧々子に、蒼火(そうび)の表情も心なしかやわらいでいる。

「あっ、甘味屋さん!!」

 道行く寧々子の目に、甘味屋の看板が留まった。
 和菓子店で育ったので、どうしても甘味という文字に目が行ってしまう。

「入ってみますか?」
「いいんですか!?」

 蒼火が笑顔でうなずく。

「もちろん。せっかく町に出たんだし」

(あやかしの甘味店って、どんなお菓子が出てくるんだろう……)

 寧々子はドキドキしながら、のれんをくぐった。

「あれ……」

 店は無人で、店員も客も誰もいない。
 寧々子は戸惑って店内を見回した。

「お店、やってますよね……?」
「のれんが出ていますからね。すいませーーーん」

 蒼火が店の奥に向かって声をかける。
 すると、奥の作業場らしきところから、ぬっと長身の男性がでてきた。

「ひっ!」

 紺色の作務衣を着た男性の顔面には、つるりとした肌色のお面がつけられている。

(のっぺらぼう……?)

「……いらっしゃいませ」

 消え入るような小さな声だった。

「あ、あの、食べていきたいんですけど、お品書きとかありますか?」

 恐怖より興味が先に出て、寧々子は話しかけていた。

「……」

 無言で差し出された白い紙には、達筆でメニューが書かれていた。

「わあ……」

 豆大福の文字に思わず顔がほころぶ。
 三池屋の一番の人気商品だ。まさか、あやかしの国でも食べられるとは思わなかった。

「私、豆大福とほうじ茶のセットで!」
「僕は……わらび餅のセットにします」

 蒼火も心なしか楽しそうだ。

「蒼火さんもこの店は初めて?」
「ええ。確かこの店は長く閉まっていたんですよ。最近、新しく人が入ったんですね」
「そういうものなの?」
「ええ。異界からか人間界からかはわかりませんが、仕事や住まいを斡旋する世話役がいて、たぶん紹介されたんでしょう」

 寧々子は店内を見回した。

「あやかしの人に和菓子が作れるなんて……!」
「あやかしは人間界の食べ物が好きですからね。でも、ちゃんとした料理をするとなると大変で……和菓子を作れるなんてすごいな」
「じゃあ、あんな和食を作れる銀花(ぎんか)さんって特別なの?」
「まぎれもなく朱雀(すざく)国一番の料理人ですよ」
「そ、そうなんだ!」

 さすが王の屋敷で料理長をしているだけはある。

「あれだけ多種多様な料理を作れるあやかしは他にいません」

 確かに銀花のご飯は、ちゃんとした料亭で出てもおかしくない出来だった。

「……」

 寧々子はちらっと厨房に目をやった。

「あの人……のっぺらぼうのお面をかぶっていたけど、元々はのっぺらぼうってこと?」
「どうでしょうか……自分の本性に近いお面をかぶっていることが多いです。でも、自分がなりたい姿のお面を選ぶ人もいるので、本人に聞かないとわかりません」
「そういうものなのね……」

 ふたりで話していると、のそりと店員が出てきた。

「……お待たせしました」

 耳を澄まさないと聞こえないほどの小声で話す。
 小さなお盆に乗せられた甘味が目の前に置かれた。

「わあ!」

 寧々子は品の良い小皿に乗せられた豆大福に声をあげた。
 ふくふくでとても美味しそうだ。
 味はもちろんだが、甘味は見た目も大事だ。
 食べる前から食欲をそそる外見に、期待が高まる。

「いただきます」

 寧々子はさっそく大福を口にした。

「……!? この味……」

 一口食べた寧々子は愕然とした。

「ウチの豆大福にそっくり……!」

 皮のもちっと感や厚み、甘さ控え目の上品なあんこ、少し塩っけのある豆――三池和菓子店の豆大福そのものだった。

「なんで――?」

 見た目も味も食感もすべてが模倣のレベルを越えている。
 そのとき、ふっと脳裏に一人の男性の姿が浮かんだ。
 長身の痩せぎすで、無口だった職人――。

「まさか、修三(しゅうぞう)さん?」

 寧々子は思わず立ち上がり、厨房に戻ろうとした職人の背に声をかける。

「えっ?」

 のっぺらぼうの面をかぶった店員が振り返った。

「あの、私、寧々子です!」

 お面をとった寧々子を、のっぺらぼうの男性がまじまじと見つめた。
 そっと骨張った指が面を取る。

「やっぱり修三さん!!」

 見覚えのある顔に、寧々子は声を上げた。