「わあ……」

 初めて見る化け面屋に、寧々子(ねねこ)は目を奪われた。

 木でできた棚にずらりとあやかしのお面が並べられている。
 縁日で子ども向けのお面屋は見たことがあるが、専門店は初めてだ。

「とても精巧にできているのね」

 子ども向けに売られているお面と違い、とても丁寧に作られているのがわかる。
 狐や狸、犬や猫のような見覚えのある造形のものから、何の生き物がわからない――けむくじゃらだったり、鱗で覆われていたり、角や牙が生えていたりする面もある。

 どの面も付けたまま食事ができるように、顔の上半分だけを覆うようになっている。

「どれでもいいの?」
「ええ。でも、これは化け面なので、鬼などはお勧めしません。強い面に精神が引っ張られることがあるので」
「そ、そうなの?」

 そんな風に言われると、途端に鬼の面が恐ろしいものに見えてしまう。
 寧々子は慌てて手を引っ込めた。

「相性もありますから、気になるものはまず試着してから買ったほうがいいですよ」
「わかったわ」

 お面といえど身に付けるからには、何らかの影響を受けるのだろう。

(妖気をまとうって言っていたし……)

 改めてそう言われると二の足を踏んでしまう。

(何か……可愛らしくて、穏やかそうな面がいいわ……)

 お面を見ていくうちに、寧々子は一つの面に目を惹きつけられた。
 寧々子は三毛猫のお面を手に取った。

「ほう、猫の面ですか」

 蒼火(そうび)が興味深そうに見つめてくる。

「ほら、私の名前、三毛猫っぽいでしょ?」
「みいけねねこ……なるほど、みけねこ……」

 蒼火がくすっと笑った。

「だから、三毛猫に何となく親しみがあって」
「名前は(たい)を表しますからね。大事なことです。いいんじゃないですか。つけてみたら?」
「うん」

 蒼火をお墨付きをもらい、表面にふわふわの毛がついているお面をそっと顔につける。
 ぴたり、と皮膚に張り付くような感触があった。

(思ったより視界が広いわ……)

 想像以上に違和感がない。これが化け面なのか。

「これ……不思議な感触ですね」
「ええ。妖力が込められていますからね。顔の上に分厚い皮膚があるような一体感があるでしょう?」
「はい……」
「猫の面は軽やかさ、快活さといういい影響がありますよ」
「そうなの?」

 そう言われると、さっきよりも不安感が薄れている気がする。

「似合ってますよ」
「これにします」
「店主! この猫の面をくれ」

 蒼火が店主に声をかける。

「50(せん)になります」

 財布を取り出そうとした寧々子を制し、蒼火がさっとお金を払ってくれる。

「そんな、私が出します!」
「いいえ、あなたはもう朱雀(すざく)屋敷の人間なのですから遠慮は不要です」

 蒼火のさりげない言葉が嬉しい。

(そっか……私、朱雀屋敷の一員って認められているんだ……)
(でも、まだ蘇芳に認められていないけど)

 寧々子は気を引き締め直した。

「あ、ありがとうございます。本当にお金……人間界と同じなんですね」
「ええ。基本的には人間界と変わらない生活ができます。でも、あなたは目立たない方がいい」

 そう言うと、蒼火がお面を手渡してくる。
 寧々子は通行人から、ちらちらと見られていることに気づいた。
 通りを歩くほとんどのものが面をつけている。
 寧々子は慌てて面をつけた。

「うん……いい感じ」

 自分が町に馴染んだ気がする。
 猫の面の効能か、浮き浮きした気分で寧々子は歩き出した。