「だから、俺は食べないと言っただろう?」
輝く金色の髪を揺らせながら蘇芳がふい、と横を向く。
駄々っ子のようなその様子に、寧々子は思わず微笑んでしまった。
蘇芳は異界と人間界の狭間にある、ここ朱雀国の王だ。
あやかしだが、見た目は人と変わらない。
毛皮のついたマントを羽織った着物姿は、近づきがたい威厳に満ちている。
ついこの間までは、目も合わせてもらえなかった。
だが今は、朱雀の国を象徴するかのような赤い瞳が、思わせぶりに寧々子を映す。
寧々子は用意した甘味を見つめた。
それは一見、赤い薔薇に見えるお菓子だった。
甘く煮たリンゴを花びらに見立て、美しく巻いたものだ。
「これは店の新商品です。ぜひ、王である蘇芳様に試食をお願いしたいのです」
「ふうん」
素っ気ない素振りをしながらも、蘇芳の目は寧々子の甘味に釘付けだ。
今にも手を伸ばしそうな興味津々のその顔に、寧々子は笑いをかみ殺した。
「どうか、ご試食お願いします」
「俺のお墨付きが必要なのか。それなら、仕方ないな」
蘇芳がコホンと咳払いをする。
「食べていただけますか?」
そっと皿を差し出したが、蘇芳は受け取らない。
「……あの、蘇芳様?」
「蘇芳と呼べといっただろ」
拗ねたような口調に、寧々子は微笑んだ。
恐ろしく強いあやかしの王というのに、二人でいるときの蘇芳は時折子どものような態度を取る。
王として畏怖されるべき姿を厳しく求められた蘇芳の、他の誰にも見せない素顔だ。
「蘇芳、どうぞ」
「……おまえは俺に食べてほしいのだな?」
蘇芳が思わせぶりにつん、と顎をそらす。
「はい」
「では、そうしろ」
「……?」
言葉の意図が汲めず首を傾げる寧々子に、蘇芳が唇を尖らせる。
「おまえは俺の嫁だな?」
「は、はい」
改めてそう言われると何やら照れくさい。
形だけの花嫁として扱われていた時から、まだ日が浅いのだ。
「ほら、あれだ。前にやったやつ……約束しただろ」
顔を赤らめながら、蘇芳が居心地悪そうに金色の髪をかきあげる。
毛先がほんのり赤く染まった珍しい黄金色の髪が、光を弾いてキラキラと輝く。
「あ、はい」
ようやく寧々子は彼の言葉の意味するところに思い至った。
寧々子はそっと菓子を切って一口サイズにする。
「口を開けてください、蘇芳」
差し出された菓子を、蘇芳がぱくりと食べる。
との途端、顔がほろりと崩れる。
「これはなんだ! 外側はリンゴの甘煮だが――」
「リンゴの中にはクリームが入っております」
「ほお……」
リンゴの甘酸っぱさにカスタードクリームがまろやかな甘みを添える一品だ。
「これは人気が出そうだな! 女性が好みそうだ」
「……このお菓子は蘇芳をイメージして作ったんです」
「え?」
「だから、一番に蘇芳に食べてほしくて」
「そうなのか……」
蘇芳の顔が嬉しそうに輝く。
「どういうイメージなんだ?」
「花言葉を元にして作ったんですが――」
「ほう。どういう意味だ?」
「……あ、あの」
一本の赤い薔薇の花言葉は、『一目惚れ』『あなたを愛しています』だ。
とても恥ずかしくて口に出せない。
「花言葉は……秘密です!」
「なんだ! 教えろ!」
真っ赤になった顔を両手で挟まれ、寧々子は思わず目をつむってしまう。
「今度! 今度教えますから!」
軽く唇に柔らかいものが当たったかと思うと、頬を押さえていた手が離れる。
驚いて目を開けた寧々子の前には、耳まで赤くなった蘇芳がいた。
「そうか……では、また今度教えてくれ」
「わ、私、お茶をいれますね!」
とても蘇芳と目を合わせていられず、寧々子は立ち上がった。
「どうぞ。これは紅茶といって茶葉を完全に発酵させたお茶です。香りがいいですよ」
新しいものが好きな蘇芳の目が輝く。
いそいそと紅茶を口にする蘇芳を、寧々子は微笑ましく見つめた。
(こんなふうに和やかな時間を過ごせるなんて思わなかった……)
(初めて会ったときは、いいえ、嫁入りしたときは目も合わせてもらえなかったのに)
寧々子は彼に嫁入りの挨拶をしたときのことを思い出した。
輝く金色の髪を揺らせながら蘇芳がふい、と横を向く。
駄々っ子のようなその様子に、寧々子は思わず微笑んでしまった。
蘇芳は異界と人間界の狭間にある、ここ朱雀国の王だ。
あやかしだが、見た目は人と変わらない。
毛皮のついたマントを羽織った着物姿は、近づきがたい威厳に満ちている。
ついこの間までは、目も合わせてもらえなかった。
だが今は、朱雀の国を象徴するかのような赤い瞳が、思わせぶりに寧々子を映す。
寧々子は用意した甘味を見つめた。
それは一見、赤い薔薇に見えるお菓子だった。
甘く煮たリンゴを花びらに見立て、美しく巻いたものだ。
「これは店の新商品です。ぜひ、王である蘇芳様に試食をお願いしたいのです」
「ふうん」
素っ気ない素振りをしながらも、蘇芳の目は寧々子の甘味に釘付けだ。
今にも手を伸ばしそうな興味津々のその顔に、寧々子は笑いをかみ殺した。
「どうか、ご試食お願いします」
「俺のお墨付きが必要なのか。それなら、仕方ないな」
蘇芳がコホンと咳払いをする。
「食べていただけますか?」
そっと皿を差し出したが、蘇芳は受け取らない。
「……あの、蘇芳様?」
「蘇芳と呼べといっただろ」
拗ねたような口調に、寧々子は微笑んだ。
恐ろしく強いあやかしの王というのに、二人でいるときの蘇芳は時折子どものような態度を取る。
王として畏怖されるべき姿を厳しく求められた蘇芳の、他の誰にも見せない素顔だ。
「蘇芳、どうぞ」
「……おまえは俺に食べてほしいのだな?」
蘇芳が思わせぶりにつん、と顎をそらす。
「はい」
「では、そうしろ」
「……?」
言葉の意図が汲めず首を傾げる寧々子に、蘇芳が唇を尖らせる。
「おまえは俺の嫁だな?」
「は、はい」
改めてそう言われると何やら照れくさい。
形だけの花嫁として扱われていた時から、まだ日が浅いのだ。
「ほら、あれだ。前にやったやつ……約束しただろ」
顔を赤らめながら、蘇芳が居心地悪そうに金色の髪をかきあげる。
毛先がほんのり赤く染まった珍しい黄金色の髪が、光を弾いてキラキラと輝く。
「あ、はい」
ようやく寧々子は彼の言葉の意味するところに思い至った。
寧々子はそっと菓子を切って一口サイズにする。
「口を開けてください、蘇芳」
差し出された菓子を、蘇芳がぱくりと食べる。
との途端、顔がほろりと崩れる。
「これはなんだ! 外側はリンゴの甘煮だが――」
「リンゴの中にはクリームが入っております」
「ほお……」
リンゴの甘酸っぱさにカスタードクリームがまろやかな甘みを添える一品だ。
「これは人気が出そうだな! 女性が好みそうだ」
「……このお菓子は蘇芳をイメージして作ったんです」
「え?」
「だから、一番に蘇芳に食べてほしくて」
「そうなのか……」
蘇芳の顔が嬉しそうに輝く。
「どういうイメージなんだ?」
「花言葉を元にして作ったんですが――」
「ほう。どういう意味だ?」
「……あ、あの」
一本の赤い薔薇の花言葉は、『一目惚れ』『あなたを愛しています』だ。
とても恥ずかしくて口に出せない。
「花言葉は……秘密です!」
「なんだ! 教えろ!」
真っ赤になった顔を両手で挟まれ、寧々子は思わず目をつむってしまう。
「今度! 今度教えますから!」
軽く唇に柔らかいものが当たったかと思うと、頬を押さえていた手が離れる。
驚いて目を開けた寧々子の前には、耳まで赤くなった蘇芳がいた。
「そうか……では、また今度教えてくれ」
「わ、私、お茶をいれますね!」
とても蘇芳と目を合わせていられず、寧々子は立ち上がった。
「どうぞ。これは紅茶といって茶葉を完全に発酵させたお茶です。香りがいいですよ」
新しいものが好きな蘇芳の目が輝く。
いそいそと紅茶を口にする蘇芳を、寧々子は微笑ましく見つめた。
(こんなふうに和やかな時間を過ごせるなんて思わなかった……)
(初めて会ったときは、いいえ、嫁入りしたときは目も合わせてもらえなかったのに)
寧々子は彼に嫁入りの挨拶をしたときのことを思い出した。