「アキトぉ! オマエはホントにいいヤツだなぁ! あんなことがあったのに、オレに会ってくれるなんてよぉ!!」
感情を爆発させて喜ぶ清志は、いつにもましてテンションが高い。僕の手をとり、ぶんぶんと腕を振り回してみせる。
「そりゃあ、僕にはキヨしか友達がいないからね。ちゃんと友達は大切にしないと」
「そんな寂しいこと言うなよぉ」
 ばしばしと背中を叩いてくる。「まあ、オレも似たようなもんだけど」と、その直後に真面目くさった顔をして言ったものだから、僕は思わず笑ってしまった。

「で、どうなった? ちゃんと別れたのか?」
 そう問われた僕の眼前を、大きなジンベエザメが優雅に横切っていく。つい最近、市内にオープンしたという水族館に、清志が行きたがったので、僕はそのお供としてついてきたのだ。
 平日だというのに、館内は混雑していた。キイイイと、甲高い奇声を発しながら僕の足を踏んで子供が駆けていく。薄暗い照明に照らされた小さな影が、よろめきながら走り去っていくのがみえた。
「別れては、ない。ただ、距離を置こうかとは、言った」
「で、彼女さんは納得したのか?」
 僕はかぶりを振る。まるで心に湧いた感情を振りはらうかのような仕草になってしまったなと思った。
「結論は先延ばしにしてる感じ。僕もどうしたらいいのかわからないし……あの時は衝動的に里菜を突き放すような態度をとったけど、いざ別れるってなると、なんか変な気分になるんだ」
「なんでだよ、こういうことはさっさと結論を出しゃあいいのに」
 清志は唇を尖らせてそう言った。ジンベエザメの隣を、ホオジロザメがすり抜けていく。この巨大な水槽の中では、自然界の海を模したように、様々な種類のいきものが泳いでいる。アジの群れなどは、サメに丸呑みされてもおかしくないだろうに、水族館のサメはなぜほかの魚を食べてしまわないのだろう。
「めんどくさいからって、なんかでみたぞ」
 僕がぼそりとその疑問を口にすると、清志はあっけらかんとそう言った。「水族館の魚たちは飼育員に充分な餌を与えられて満足だから、食欲も湧かないし、わざわざ体力を使って他の魚を食おうとは思わないんだってよ。人間もめんどくさいことがあると、なかなか動こうとは思わないもんな」
「キヨって意外と雑学好きだよな」
「ガキのときから、雑学事典みたいなのを読むのが好きだったからな」
 得意げに胸を張る清志。人当たりのいい清志は、話のネタも豊富だった。いまもジムのインストラクターを職業にしている彼は、きっと多種多様の雑談に対応しなきゃいけないんだろう。客から投げかけられる様々な話にも対応できるように、情報収集を欠かしていないのかもしれない。
 めんどくさいから……。
人間もめんどくさいことがあると、動こうとは思わないもんな。
清志が言った言葉が頭の中でぐるぐると回っている。僕が抱えている事情とは全く関係のない話題でうまれた発言だ。それなのに、自分の心髄を抉られたような感覚がして、胃の奥がキリキリと痛んだ。
「どうした? うんこか?」
 僕は無意識のうちに自分の腹をさすっていた。それを目ざとく見つけた清志が茶化してきた。
 水族館にくると、普段自分たちが食べているような魚も泳いでいるから、なんだか不思議な気分になる。食卓に出てくるような姿ではないあれはアジで、あれはイワシで、あれはマグロか。目まぐるしく変化していく水槽の中の光景に、僕は目を奪われている。大の男ふたりがいつまでも同じ場所で、食いつくように魚を眺めている。魚たちからみれば僕たちは、ずっと棒立ちして自分たちを見つめている変ないきものとして見えているのだろうか。