それからは、城崎に食事を届ける以外は居間の炬燵にじっとしていた。
城崎も部屋から出てくる様子は無かった。
在宅勤務を申し出て1年、東京を遠く離れ、もう大丈夫だと思って宿泊を引き受けたが、私の心は何一つ治っていなかった。
会社の人間の存在を意識するだけで、吐きそうになる。
それでも城崎を最初見たとき平気だったのは
何故だろうか。
城崎が寒さで弱っていたから?いや、彼は初めから私を気遣っていたような気もする。
そうでなければ、雪の中で寝袋など言い出す訳がない。
私が設計した建築物の話を楽しそうにしていた。
よく考えればずっと。
私は炬燵でうとうとしながらそんな事を考えていた。
遠くから床の音が響いて来る。
床の音は徐々に大きくなる。
私は飛び起きた。
炬燵の中で突っ伏して寝てしまっていた。
壁の時計を見上げる。
深夜3時。
床の音が近付いてくる。
真夜中に城崎は何をしている。
私は素早く隣の台所に駆け込んだ。
包丁が収納してある場所に陣取る。
暗い台所から、明るい居間をじっと観察する。
城崎が現れた。
城崎は居間の隅に置かれたままの羊羮の箱を開けてナイフを手に取る。
「ひっ」
思わず声が出た。
城崎が台所の暗がりに立つ私を見た。
お互い目が合う。
「ぎいやああああ!」
2人同時におかしな叫び声を上げた。
私は包丁を取り出そうとするが、混乱して上手く動けない。
「新田さん、何やってるんですか」
「城崎さんこそ!」
私はやっと取り出した包丁を構えた。
お互い刃物を構えた状態で対峙する。
「何するんですか、新田さん!」
「そっちこそナイフ捨てて!」
「え?あっごめんなさい!」
慌てて城崎が炬燵の上にナイフを捨てた。
「羊羮の事思い出したので、ナイフ危ないし、た、食べて下さい。もう溶けてます!」
城崎は私の包丁を警戒しながら逃げるように部屋に帰って行った。
私は床の音が遠ざかるのを確認して、力一杯握りこんだ包丁を、手から引きはがし、仕舞った。
ダメだ家の中に居るのが逆に怖い。
雪の中なら何かあっても、私に分がある。
私は服を着込み、腰に電灯をぶら下げ、雪下ろし用のスコップを持って表に出た。