いつ、どんな、黒の寸胴の効果が現れるのか。
目の前の男は、豚汁を食べてる間中、私の設計した建築物の魅力を、私本人に聞かせ続けていた。
その様子は、正に私が設計した建物のマニア。
私マニアではない、私が設計した建物のマニアだ。
私が課長である事も知らなかった位だ、間違いない。
私は、黙って城崎の話を聞き流し続けた。
おかしな人だと呆れる余裕も、時間が経つにつれ失くなり、私の中に、何か嫌な感覚が甦りつつあった。
会社の人間が目の前にいる事、特に男がいる事を冷静に認識するのつれ、呼び起こされる記憶。
第3設計部の男達の私に対する嫉妬。
城崎は、自分の話にテンションが上がったのか声が大きくなる。
私は体は反射的に強ばりうつ向く。
第3設計部の男達はみんな、思わぬ私の反撃を、いつも大声で叩き伏せていた、いまだに恐怖に体が反応する。
女達は、みんな男の影に隠れて楽しんでいた。
第3設計部一同の顔が頭の中を埋め尽くす。
もう嫌だ。
「新田さん?」
気づけば私は耳を塞いで目をつぶっていた。
城崎が心配そうに覗き込んでくる。
「部屋に案内しますね」
城崎の食べ掛けの豚汁を無視して、力なく呟き炬燵を立った。
慌てて城崎が荷物を持って追いかけてくる。
限界だった、城崎という会社の人間の姿を見ていると気力が奪われていく。
本社にいたときもそうだった、通勤するたびに、気力が失われていく。
その内、感情の起伏がなくなっていく。
外からの刺激に反応しなくなるのだ。
自分の中の全てを失う前に私はここに逃げて来た。
私は20m程続く、ウグイス張りの廊下を元座敷牢だった部屋へと歩いた。
そう、この家には昔座敷牢があった、今は改築されて面影はないが、あの部屋には水回りが全て揃っている。
一旦入れば出る用事はない、後は食事を届けるだけ、周りに店などない、外に出るなどあり得ない。
この男を閉じ込めておける、なるべく声も、顔も見なくてすむ。
「これウグイス張りの床ですか?結構大きな音なりますね」
城崎がウグイス張りの床を派手に鳴らしながら後を着いてくる。
座敷牢の人間が外に出ないように見張るための床。
この床の音が城崎の動きを教えてくれる。
「ここ使って下さい」
「一部屋に全部揃ってますね、凄い」
6畳間の元座敷牢を風呂やら流しやらを見て回る城崎。
「元座敷牢でしたから」
「え?」
城崎の能天気さに私の中で嫌なものが頭をもたげていた。
実際には一度も使う事はなかったとは聞いてはいたが、その事は伝えない。
元とはいえ座敷牢など気分の良いものではないはずだ。
この能天気な男に第3設計部社員の身代わりになって貰おう。
奴らへの私の小さな復讐を受けて貰おう。
「結構使われていたみたいで」
聞くなり城崎の表情が明るくなった。
「それで、トイレとか一式あるんですね、何かアトラクションに泊まるみたいでテンション上がります」
私の思惑など見透かした様な城崎の笑顔。
私は床を鳴らして逃げるように居間に戻った。
自分の醜悪さに泣きそうになった。