恵子さんは居間に入って彼女を一瞥しただけで、話しかける事はなかった。
私が豚汁を運んで来るまでの間、恵子さんは黙って、彼女と一緒に堀炬燵に座っていた。
豚汁を3人分、炬燵の上に置いて、私は恵子さんを間に挟んで、彼女から少し離れた位置に座った。
彼女の右頬のアザが見えない位置に。
「頂きます」
私と恵子さんは豚汁に口をつけたが、彼女はうつ向いたままだ。
「温かい内に、」
私が彼女の食事を促そうとするのを、恵子さんが制した。
「みのりちゃん、大丈夫だから」
それでも私は豚汁の入った丼を彼女へと、少しだけ寄せた。
直後彼女が遠慮がちに豚汁へと鼻をよせ、匂いを嗅いだ。
それからは、鼻をひくつかせては、うつ向き、ひくつかせては、うつ向きを繰り返した後、ガツガツ食べ始めた。
ガツガツ、本当にガツガツ、引く程ガツガツ。
被っていたニット帽を脱ぎ捨て、汁を飲み干す。
申し訳無さそうに、空の丼が私の前に差し出される。
あまりの事に唖然と彼女が食べ終えるのをじっと見届けてしまった。
壊れそうだった彼女の面影が一瞬で消えた気がした。
これは、私の豚汁が絶品なのか、白い寸胴の力なのか。
「みのりちゃん、おかわりだって」
恵子さんに促され、慌てておかわりを差し出した。
再び彼女はガツガツ食べ始めた。
火傷しなければ良いのだが。
「みのりちゃん、こないだの男の人どんな人か聞いていい」
「こないだ?」
恵子さんの突然の問いかけに、とぼけながらも実は城崎の事を言っているのは直ぐに解った。
遂に来たかと思った。
豚汁に夢中の彼女を、ほったらかして恵子さんは、私の事を詮索し始めた。
「え?ああ、会社の人です。って言いませんでした?」
恵子さんが探るような眼差しを向けて来る。
解っている、恐らく恵子さんが聞きたいのは、城崎の人となり。
頻繁に我が家に訪れる恵子さんには、鉢合わせしないよう会社の人が宿泊に来るのは伝えていた。
男が1人泊る事になったせいもあって、心配しているのだろう。
恵子さんは、じっと私から目をそらさない。
「予定より、宿泊1日延長したみたいだけど」
恵子さんの目がニヤリとした。
これは心配の眼差しではない。
豚汁を貪っていた彼女が、何故か食べる手を止めた。
うつ向いてはいるが、明らかに彼女はこちらの様子を伺っている。
何故、彼女に話して聞かせなければならないのだ絶対に嫌だ。
沈黙が流れる。
「……」
なんだろう、このプレッシャー、喋らないといけないのだろうか。
「何も無いですよ、食事して帰っただけです」
本当の事だ、食事して、喋って、ほとんど城崎さんが喋ってた気がする。
恵子さんが更に、にやけた視線を見て、自分の顔が緩んでいる事に気がついた。
彼女に見られたのでは無いかと警戒する。
「で、どんな人だった?」
恵子さんは引く気が無い様だ。
恵子さんに話すのは良いとしよう、しかし彼女に聞かれるのは、大切なものを触られる感じが兎に角嫌だったが、恵子さんの圧には逆らえそうになかった。
「……こ、」
「こ?」
「小太り」
しぶしぶ答えた後、私の感情は一気に高ぶった、豚汁に向かって顔を伏せた彼女が、今、鼻で笑ったのだ。
絶対に私は聞いた、小さく鼻で笑った音を、よりうつ向いた彼女は、笑いをこらえている、絶対に。
「何か、おかしい?」
彼女はじっとうつ向いたままだ。
逃げおおせるつもりだろうか、絶対に許さない。
「私の味方を、笑うのは許さないから」
私は、静かに相手を刺す様に言葉を投げ掛けた。
言葉に反応した彼女は僅かに顔を上げる。
緊張した彼女の顔。
最早彼女を気遣う気持ちは微塵も無かった。
自分の言葉の影響を確認して、次の言葉を用意する。
自分がこんなに相手を攻撃する事に躍起になっている事に驚ていた。
今まで生きて来て、こんな経験はない。
「ごめんなさい」
私が次の言葉を繰り出す前に、謝られてしまった。
こう言う時どうすれば良いのか解らない。
しかし、一度ついた攻撃の勢いが止まらない。
私は何をこんなに相手を攻撃しようとしてるのか。
口を開きかけた時。
恵子さんが割って入って、彼女に初めて話しかけた。
ずっとタイミングを計っていたのだ。
私が豚汁を運んで来るまでの間、恵子さんは黙って、彼女と一緒に堀炬燵に座っていた。
豚汁を3人分、炬燵の上に置いて、私は恵子さんを間に挟んで、彼女から少し離れた位置に座った。
彼女の右頬のアザが見えない位置に。
「頂きます」
私と恵子さんは豚汁に口をつけたが、彼女はうつ向いたままだ。
「温かい内に、」
私が彼女の食事を促そうとするのを、恵子さんが制した。
「みのりちゃん、大丈夫だから」
それでも私は豚汁の入った丼を彼女へと、少しだけ寄せた。
直後彼女が遠慮がちに豚汁へと鼻をよせ、匂いを嗅いだ。
それからは、鼻をひくつかせては、うつ向き、ひくつかせては、うつ向きを繰り返した後、ガツガツ食べ始めた。
ガツガツ、本当にガツガツ、引く程ガツガツ。
被っていたニット帽を脱ぎ捨て、汁を飲み干す。
申し訳無さそうに、空の丼が私の前に差し出される。
あまりの事に唖然と彼女が食べ終えるのをじっと見届けてしまった。
壊れそうだった彼女の面影が一瞬で消えた気がした。
これは、私の豚汁が絶品なのか、白い寸胴の力なのか。
「みのりちゃん、おかわりだって」
恵子さんに促され、慌てておかわりを差し出した。
再び彼女はガツガツ食べ始めた。
火傷しなければ良いのだが。
「みのりちゃん、こないだの男の人どんな人か聞いていい」
「こないだ?」
恵子さんの突然の問いかけに、とぼけながらも実は城崎の事を言っているのは直ぐに解った。
遂に来たかと思った。
豚汁に夢中の彼女を、ほったらかして恵子さんは、私の事を詮索し始めた。
「え?ああ、会社の人です。って言いませんでした?」
恵子さんが探るような眼差しを向けて来る。
解っている、恐らく恵子さんが聞きたいのは、城崎の人となり。
頻繁に我が家に訪れる恵子さんには、鉢合わせしないよう会社の人が宿泊に来るのは伝えていた。
男が1人泊る事になったせいもあって、心配しているのだろう。
恵子さんは、じっと私から目をそらさない。
「予定より、宿泊1日延長したみたいだけど」
恵子さんの目がニヤリとした。
これは心配の眼差しではない。
豚汁を貪っていた彼女が、何故か食べる手を止めた。
うつ向いてはいるが、明らかに彼女はこちらの様子を伺っている。
何故、彼女に話して聞かせなければならないのだ絶対に嫌だ。
沈黙が流れる。
「……」
なんだろう、このプレッシャー、喋らないといけないのだろうか。
「何も無いですよ、食事して帰っただけです」
本当の事だ、食事して、喋って、ほとんど城崎さんが喋ってた気がする。
恵子さんが更に、にやけた視線を見て、自分の顔が緩んでいる事に気がついた。
彼女に見られたのでは無いかと警戒する。
「で、どんな人だった?」
恵子さんは引く気が無い様だ。
恵子さんに話すのは良いとしよう、しかし彼女に聞かれるのは、大切なものを触られる感じが兎に角嫌だったが、恵子さんの圧には逆らえそうになかった。
「……こ、」
「こ?」
「小太り」
しぶしぶ答えた後、私の感情は一気に高ぶった、豚汁に向かって顔を伏せた彼女が、今、鼻で笑ったのだ。
絶対に私は聞いた、小さく鼻で笑った音を、よりうつ向いた彼女は、笑いをこらえている、絶対に。
「何か、おかしい?」
彼女はじっとうつ向いたままだ。
逃げおおせるつもりだろうか、絶対に許さない。
「私の味方を、笑うのは許さないから」
私は、静かに相手を刺す様に言葉を投げ掛けた。
言葉に反応した彼女は僅かに顔を上げる。
緊張した彼女の顔。
最早彼女を気遣う気持ちは微塵も無かった。
自分の言葉の影響を確認して、次の言葉を用意する。
自分がこんなに相手を攻撃する事に躍起になっている事に驚ていた。
今まで生きて来て、こんな経験はない。
「ごめんなさい」
私が次の言葉を繰り出す前に、謝られてしまった。
こう言う時どうすれば良いのか解らない。
しかし、一度ついた攻撃の勢いが止まらない。
私は何をこんなに相手を攻撃しようとしてるのか。
口を開きかけた時。
恵子さんが割って入って、彼女に初めて話しかけた。
ずっとタイミングを計っていたのだ。