最初の記憶は、夜の風景だった。

 深い深いその森に青い夜が降りていた。木も草もみんな色が失せて、淡い青色に染まっている。月の光がそうさせていた。
 微睡(まどろ)みの中、()め切らない意識でおぼろに眺める。
 宵空は、青よりももっと濃くて暗い藍色をして、そして(まる)い月が〝三つ〟並んで浮かんでいた。

 次の記憶は、肌に触れる暖かな体温だった。

 全身を包むように、自身のすぐ傍に脈動する生きた温度があった。
 それを意識すると、とても安らいだ。
 風が、森の木々を揺らしていて、時折、ざわっと(こずえ)を強く鳴らす。台風が到来した夜のような、雨戸を激しく風雨が叩くその音が、ともすれば(さざなみ)が荒波に変わったようだ。
 けれども不安はまるでなかった。

 その次の記憶は朝の光の中だった。

 木漏れ日だけでない温もりの中、優しい声を聴いた。自分の事を「我が子」と、「ぼうや」と、そう慈しむように囁く声。未だ夢から醒め切れず、ぼんやりとそれを見上げていた。
 その意識がはっきり定まるのに、ひどく時間が掛かった事を憶えている。

 夢から醒めた(はず)なのに、まだそこが夢であるとしか思えなかった。
 自分の母親らしい存在のその姿形にひどく困惑したし、判別できる範囲でも自分自身そのものにひどく困惑していた。