愛するベン

 おばさんとパパが出ていった病室で、私は今、小窓からのぞく空を眺めながらあなたを想い、この手紙を書いている。この空の繋がるどこかで、今日もあなたは生きていてくれるから、私も今日という日を生きられるのよ。

 もちろん、すごくつらいときだってあるわ。心が折れそうになるときだって……。

 もう駄目だって思うたびに、いつもあなたの声が頭の中に響くのよ。

「諦めちゃ駄目だ! ハンナ! 僕も諦めないから君も諦めちゃ駄目だ!」って。

 その声が聞こえるたび、私の痛みは和らいで、そして力が湧いてくるのよ。

 あなたには、いつも本当に助けられてばかりね。そして、私が想像もしなかったような、素晴らしい生き方を教えてくれたわ。

 ベン、あなたは、怖くても闘う勇気をくれた。あなたに出会わなければ、私は今もこの病から目を逸らし、パパや、すべての現実から逃げていたかもしれない。

 どこへ逃げたって、そんなことおかまいなしにこの病は私の体を蝕んでいくのにね。

 でも、あなたは私が見失っていた未来に希望の光をくれたのよ。だから私、もうあなたとの未来にしか目を向けられないわ。

 それは、きっと想像もできないくらい幸せで刺激的な毎日ね。それが今から楽しみで仕方ないのよ。
 楽しみといえば、昨晩見た夢の話なんだけど、夢だからといって笑わないで聞いてほしいの。とても現実味を帯びた夢だったから。

 ふふ、私たちが過ごしたあの湖のアトリエで、あなたは湖を見つめながら絵を描いている。そして隣には、退屈そうに草の上で寝転がってビールを飲むグレッグの姿。

 遅れて湖についた私は、あなたを驚かせようと、そっと後ろから近づくの。でもあなたの手元に広がるその絵を見て衝撃が走ったわ。

 それは、まるで、あのアクション・ペインティングで有名なジャクソン・ポロックのような超抽象画だったの! あなたは知らないかもしれないわね、彼はとても前衛的な絵を描く素晴らしい才能を持った有名な画家の一人。

 立ち尽くす私に気づいてあなたは振り返って不思議な顔をした。それで、私が「なにを描いているの?」と訊ねると、あなたは優しく笑った。

「この湖の静と動を描いてるんだ」って!

 そのとき確信したのよ。あなたは、いずれ世界でも指折りの有名な画家になるって! そして、ますます私たちの未来が楽しみで仕方なくなったの!

 だってそうでしょ? 私はあなたの妻として、あなたが描き出す作品を世界中の誰よりも先に見ることができるのよ。
 これ以上に素晴らしいことなんてないわ! 

 だから今がどんなに苦しくても、どんなにつらくても、なにも怖くないの。

 この長いトンネルを抜ければ、私たちには夢のような素晴らしい時間が待っている。

 ママが大好きだった湖のように、キラキラと輝く私たちの未来に目を背けてなど生きられないのよ……。