唇を噛み締めて、溢れ出そうな感情を噛み殺す。

 現実を突きつけられるのは本当につらい。ベトナムで不条理な現実をうんざりするほど見てきた。そして、それが絶対に受け入れることができないような現実だったら? 

 僕は、ハンナにも、もちろんグレッグにだって、さよならと言える気分にはなれそうにない。

「差し支えなければ、私がこの手紙を君に読み聞かせたいんだが、構わないかな」

 俯いたままコールドマンの問いに応えられずにいると、彼はテーブルに置いた僕の手に自分の手の平を重ねてつぶやいた。

「ベン、私も同じだ。いまだにジュリアの死すら乗り越えられずにいる……きっと、君たちがベトナムへ行くと決まったときのハンナも、同じような気持ちだったんじゃないかな? 私たちは同じ気持ちを共有している。それでも、残された私たちは、立ち止まることはあっても目を背けてはいけない」

 コールドマンが重ねた手に微かな力を掛ける。

「ハンナがそうであったように……」

 バラは赤い
 スミレは青い
 お砂糖は甘い
 そうして君も……

 ハンナ……君の強い意思を感じるよ。どんなときでも、誰に対しても、自分の主張したいことは主張する――そんな君の意思を。たとえ、その言葉が元でどんな結果が呼び起こされようとも、伝えたいことは伝える、君はそんな強い人だ。

 だから、だからこそ僕は君に夢中になった。僕に持ってないものを持っている、そんな君に。

 顔を上げて、僕はコールドマンにうなずいた。