カンボジア国境付近のジャングルを巡回しているときだった。南ベトナムの雨季に、最後の一花を咲かせようかという強烈な雨が突然僕たちを襲うと、タイミングを計ったかのようにベトコンが隊の後方を襲った。
「敵襲!!」
声はスコールに掻き消される。派手な手榴弾などなくとも、彼らは雨季の性質を利用して槍や銃のみで巧妙に僕たちに襲い掛かり、隊の連帯を崩し大きな痛手を負わせていった。
後方へと走っていくと、すでに隊列はばらけており、味方の負傷兵が泥の中でうずくまっていた。なかなか引かないベトコン連中に向かって発砲しながら、僕は負傷者を順に木陰へと引き込んだ。
激しい銃撃戦が続く。僕は必死で負傷した者を後方へ運び、そしてまた前方に戻っては、再び傷を負った仲間を背負った。雨と汗と血で、ずるずると体も足元もすべてが滑った。激しい飛沫に視界は遮られたが、ただひたすらに重みを引きずった。
徐々に銃声が止み、ようやくベトコンの兵士が退却を始めると、衛生兵のクロフォードと共に、エリック・ガーナー中尉とジョン・グライムス軍曹が現れた。
「あぁ! お前、ここは衛生兵に任せてグライムスと行動を共にしろ!」
中尉が指示を出すと、グライムス軍曹が言った。
「この近くで敵の隠れ家らしき砦を発見したとライアンから連絡があった。今からそこでライアンたちと合流し、敵を殲滅する」
軍曹は手榴弾をいくつか僕に手渡すと、ジャングルの中を走り出した。どうやら敵のアジトが近い。今しがた受けた襲撃での、敵兵の多さも納得がいった。
ぬかるむ泥や蔦の残骸が絡まる足元を走り抜ける。半マイルほど下った先で軍曹は身を屈めた。
「ベンジャミン、見えるか? 奴らの砦だ」
グライムス軍曹が小声で話しかける。鬱蒼たる木々でカムフラージュされた砦は、パッと見ただけではそこに何かがあるようにはとても見えなかった。
直後、グライムス軍曹が示した場所から爆破音がして煙が立ち上った。続いて激しいマシンガンの銃声が轟く。
「行くぞ!」
軍曹は立ち上り、砦に向かって突撃していった。
砦に達すると、すでに先発で突入していたライアン・ミルズ軍曹たちのチームがあらかた敵を倒していた。 想像よりも砦の内部は狭く、せいぜい十人ほどが身を潜められる程度しかなかった。蟻の巣のように触手を這わす複雑な構造をしており、人が一人入れるほどの洞穴のような小部屋がいくつもあった。
霧散しきらない爆煙が、まだ辺りに漂っていた。地面には被撃したベトコン兵が多数倒れている。
奥から銃声が聞こえ、僕と軍曹が銃を構えたまま音のする方へ向かうと、少しだけ開《ひら》けた部屋があった。中にはミルズ軍曹と数人の兵士の姿が見える。
「ライアン!」グライムス軍曹が叫ぶ。
声に気づいたミルズ軍曹が部屋から出てきて言った。「遅かったじゃないかジョン! 悪いが、俺たちだけで砦は抑えたぜ」
それを聞いてグライムス軍曹は表情を緩めると、鼻で笑って銃を降ろした。「この部屋は?」
ミルズ軍曹は首を振りながら答えた。「わからんが、怪我人が寝ていたところをみると、病室なのかもしれんな……」
部屋には医療器具や簡易式ベッドが置かれている。そのうちの一台で、さっきの銃声で倒れたのであろうベトコンの兵士が息絶えていた。
他の兵士が部屋を物色する。銃殺された兵士が多数転がる中、そのうちの一体に違和感を覚えて僕は近寄った。口の中になにかを含んでいる。まだ体は温かく、下あごに指をかけると抵抗なく口が開いた。――丸めた紙クズがその口に詰められていた。
「グライムス軍曹!」
軍曹を呼び、兵士の口から取り出した紙クズを広げると、そこにはとんでもない内容が記されていた。「これは!?」
両軍曹は紙クズの中身を見るなり青白い顔で固まった。記されていたのは文字ではなく図形だったが、僕はその配置にはっきりと見覚えがあった。
「軍曹、これはひょっとして……」
「ああ、ひょっとしなくても、俺たちの砲兵陣地の見取り図だ……」ミルズ軍曹がうなずいた。
それは、僕たちが陣地としている場所の詳細な見取り図だった。こちらが仕掛けたトラップ――地雷や穴蔵の位置までもが、ひとつ残らず正確に描かれている。
「これはまずいぞ! 早く中尉に報告しなくては!」
常に冷静なグライムス軍曹が声を震わせた。無理もない。もし陣地の情報がすでに漏れているなら、いつ攻め込まれてもおかしくないからだ。
情報をもとに、こちらが周到に配置した罠を回避して深夜の奇襲を決行すれば、敵は易々と陣地に侵入し、反撃を許すことなく僕たちを壊滅させるだろう。
「いいか、このことは誰にも言うな! 上が判断するまで決して口外するんじゃないぞ!」
ミルズ軍曹がその場にいた全員に口止めをする。皆一様に、動揺を隠し切れなかった。
兵士たちは皆疲弊している。士気も低く、精神的にも限界だ。
誰が敵で誰が味方なのかもわからぬまま、戦いの意義も見出だせなくなっている。そんな者が大勢存在する中、身を守るはずの拠点情報が筒抜けであるなんて不安を与えれば、ぎりぎり保たれている結束も、攻撃を受けるまでもなくバラバラに崩れてしまうのは目に見えていた。
実際、最近では規律違反、命令違反が後を絶たなかった。上官からの理不尽な命令にイエス・サーとただ従い、何が自分の身体を貫いたのか知りえないまま命を失っていくことに皆怯えていた。
なんのために、誰のために戦っているのか。疑問と猜疑心ばかりが渦巻き始めたこの戦争で命を落とす理由が、愛国心にあるなんて馬鹿げている。
そんなものは、略奪と殺し合いが大好きな糞野郎だけ集めて勝手にやっていればいい。僕たちの知らないどこか遠いところで。頼むから。
上層部の身は常に安全な場所にある。狂気渦巻く戦場で戦う僕たちに「お前たちの大切な命を国のために捧げてくれ」なんていう命令を聞けるほど、僕たちはまだ完全に壊れちゃいない。死ぬくらいなら、軍法会議にかけられた方がマシだ。
「とにかく、ここを爆破して急いで戻るぞ!」
グライムス軍曹の言葉にミルズ軍曹がうなずく。僕たちは、砦を粉々に爆破した後、中尉たちのいる場所までジャングルを登った。
「敵襲!!」
声はスコールに掻き消される。派手な手榴弾などなくとも、彼らは雨季の性質を利用して槍や銃のみで巧妙に僕たちに襲い掛かり、隊の連帯を崩し大きな痛手を負わせていった。
後方へと走っていくと、すでに隊列はばらけており、味方の負傷兵が泥の中でうずくまっていた。なかなか引かないベトコン連中に向かって発砲しながら、僕は負傷者を順に木陰へと引き込んだ。
激しい銃撃戦が続く。僕は必死で負傷した者を後方へ運び、そしてまた前方に戻っては、再び傷を負った仲間を背負った。雨と汗と血で、ずるずると体も足元もすべてが滑った。激しい飛沫に視界は遮られたが、ただひたすらに重みを引きずった。
徐々に銃声が止み、ようやくベトコンの兵士が退却を始めると、衛生兵のクロフォードと共に、エリック・ガーナー中尉とジョン・グライムス軍曹が現れた。
「あぁ! お前、ここは衛生兵に任せてグライムスと行動を共にしろ!」
中尉が指示を出すと、グライムス軍曹が言った。
「この近くで敵の隠れ家らしき砦を発見したとライアンから連絡があった。今からそこでライアンたちと合流し、敵を殲滅する」
軍曹は手榴弾をいくつか僕に手渡すと、ジャングルの中を走り出した。どうやら敵のアジトが近い。今しがた受けた襲撃での、敵兵の多さも納得がいった。
ぬかるむ泥や蔦の残骸が絡まる足元を走り抜ける。半マイルほど下った先で軍曹は身を屈めた。
「ベンジャミン、見えるか? 奴らの砦だ」
グライムス軍曹が小声で話しかける。鬱蒼たる木々でカムフラージュされた砦は、パッと見ただけではそこに何かがあるようにはとても見えなかった。
直後、グライムス軍曹が示した場所から爆破音がして煙が立ち上った。続いて激しいマシンガンの銃声が轟く。
「行くぞ!」
軍曹は立ち上り、砦に向かって突撃していった。
砦に達すると、すでに先発で突入していたライアン・ミルズ軍曹たちのチームがあらかた敵を倒していた。 想像よりも砦の内部は狭く、せいぜい十人ほどが身を潜められる程度しかなかった。蟻の巣のように触手を這わす複雑な構造をしており、人が一人入れるほどの洞穴のような小部屋がいくつもあった。
霧散しきらない爆煙が、まだ辺りに漂っていた。地面には被撃したベトコン兵が多数倒れている。
奥から銃声が聞こえ、僕と軍曹が銃を構えたまま音のする方へ向かうと、少しだけ開《ひら》けた部屋があった。中にはミルズ軍曹と数人の兵士の姿が見える。
「ライアン!」グライムス軍曹が叫ぶ。
声に気づいたミルズ軍曹が部屋から出てきて言った。「遅かったじゃないかジョン! 悪いが、俺たちだけで砦は抑えたぜ」
それを聞いてグライムス軍曹は表情を緩めると、鼻で笑って銃を降ろした。「この部屋は?」
ミルズ軍曹は首を振りながら答えた。「わからんが、怪我人が寝ていたところをみると、病室なのかもしれんな……」
部屋には医療器具や簡易式ベッドが置かれている。そのうちの一台で、さっきの銃声で倒れたのであろうベトコンの兵士が息絶えていた。
他の兵士が部屋を物色する。銃殺された兵士が多数転がる中、そのうちの一体に違和感を覚えて僕は近寄った。口の中になにかを含んでいる。まだ体は温かく、下あごに指をかけると抵抗なく口が開いた。――丸めた紙クズがその口に詰められていた。
「グライムス軍曹!」
軍曹を呼び、兵士の口から取り出した紙クズを広げると、そこにはとんでもない内容が記されていた。「これは!?」
両軍曹は紙クズの中身を見るなり青白い顔で固まった。記されていたのは文字ではなく図形だったが、僕はその配置にはっきりと見覚えがあった。
「軍曹、これはひょっとして……」
「ああ、ひょっとしなくても、俺たちの砲兵陣地の見取り図だ……」ミルズ軍曹がうなずいた。
それは、僕たちが陣地としている場所の詳細な見取り図だった。こちらが仕掛けたトラップ――地雷や穴蔵の位置までもが、ひとつ残らず正確に描かれている。
「これはまずいぞ! 早く中尉に報告しなくては!」
常に冷静なグライムス軍曹が声を震わせた。無理もない。もし陣地の情報がすでに漏れているなら、いつ攻め込まれてもおかしくないからだ。
情報をもとに、こちらが周到に配置した罠を回避して深夜の奇襲を決行すれば、敵は易々と陣地に侵入し、反撃を許すことなく僕たちを壊滅させるだろう。
「いいか、このことは誰にも言うな! 上が判断するまで決して口外するんじゃないぞ!」
ミルズ軍曹がその場にいた全員に口止めをする。皆一様に、動揺を隠し切れなかった。
兵士たちは皆疲弊している。士気も低く、精神的にも限界だ。
誰が敵で誰が味方なのかもわからぬまま、戦いの意義も見出だせなくなっている。そんな者が大勢存在する中、身を守るはずの拠点情報が筒抜けであるなんて不安を与えれば、ぎりぎり保たれている結束も、攻撃を受けるまでもなくバラバラに崩れてしまうのは目に見えていた。
実際、最近では規律違反、命令違反が後を絶たなかった。上官からの理不尽な命令にイエス・サーとただ従い、何が自分の身体を貫いたのか知りえないまま命を失っていくことに皆怯えていた。
なんのために、誰のために戦っているのか。疑問と猜疑心ばかりが渦巻き始めたこの戦争で命を落とす理由が、愛国心にあるなんて馬鹿げている。
そんなものは、略奪と殺し合いが大好きな糞野郎だけ集めて勝手にやっていればいい。僕たちの知らないどこか遠いところで。頼むから。
上層部の身は常に安全な場所にある。狂気渦巻く戦場で戦う僕たちに「お前たちの大切な命を国のために捧げてくれ」なんていう命令を聞けるほど、僕たちはまだ完全に壊れちゃいない。死ぬくらいなら、軍法会議にかけられた方がマシだ。
「とにかく、ここを爆破して急いで戻るぞ!」
グライムス軍曹の言葉にミルズ軍曹がうなずく。僕たちは、砦を粉々に爆破した後、中尉たちのいる場所までジャングルを登った。