休暇はあっという間に過ぎ去り、また地獄の日常へと戻っていく。義務期間を終えて国に帰った者や、僕たちの休暇中に戦死した者、補充で入ってきた新兵、変わらない古株たちの待つ戦場へ。そしてまた、狂気に満ちたこのベトナムのジャングルを、歩き回るために。
「よお! グレッグ! 帰ってきたな!」
キャンプに着いた僕たちを見つけると、さっそくデクスターが駆け寄ってきた。
「ああ……戻ったぜ、またよろしくな」
二人は握手し肩を抱き合い、グレッグはそのままデクスターについていった。
一人残された僕が宿舎へ向かおうとしていると、通り掛かったエリオットが僕を歓迎してくれた。
「やあ、ベン! 戻ったんだね。一緒にやらないか」
エリオットは持っていた麻の袋から大量のビールをチラつかせた。彼は年末にこの中隊にやって来た十九歳の若者で、あまり自分を主張せず、人懐っこい性格で、先輩兵士からは弟のように可愛がられていた。
「お前、そのビールどうしたんだ」
「中尉から貰ったんだよ」
彼はそう答えたが、僕の休暇中にエリック・ガーナー中尉が敵にやられてくたばってない限り、エリオットが抱えているこの酒の山は中尉のところからくすねたものに違いなかった。
「大麻はあるか?」
「任せてよ!」
エリオットが胸ポケットを叩いて歯を見せる。
あの村を焼き払ってからというもの、僕はマリファナに溺れていた。何度かハンナへの手紙の中で伝えようかと悩んだが、やはり言い出す勇気はなかった。
意味のない殺し合いに無抵抗な村人への暴行。仲間の疑惑の死や、日々迫る死への恐怖に、自分が自分じゃなくなっていく不安。
そして極めつけは変わり始めていった親友。僕の精神状態はとうに限界に達していた。
そんな僕に初めて葉っぱをくれたのは、衛生兵のブルースだった。――効果は絶大だった。現実はなにひとつ変わらないはずなのに、自分の中から苦痛がきれいさっぱりと消えたように気分が良かった。
目に映るすべてがスローモーションのように見えた。そしてここへ来て初めて、死の恐怖を覚えずに熟睡することができた。
エリオットと娯楽室のある宿泊棟に入ると、中ではすでに何人かの兵士が酒を持ち寄って騒いでいた。アルコールと煙草と大麻と仲間の笑い声。この時間だけが、僕のベトナムでの癒しの時間となっていた。
部屋に入るとすぐにブルースがビール片手に笑顔でやって来る。
「よう! ベンジャミンのご帰還だ! 向こうでは楽しんだか?」
いやらしい笑顔で腰を振るブルースは、マリファナですっかりでき上がっていた。
「そんなのはないよ。でもそうだな、できれば戻りたくなかったよ」
苦笑いしながら僕が首を振ると、
「せっかくの休暇に、なにやってんだ?」とブルースは大笑いした。
エリオットからビールを貰い適当に腰掛けると、今度はバークが隣に座って吸いかけのジョイントをくれる。
「ほらよ、浮かない顔だな。グレッグとは相変わらずなのか?」
バークからジョイントを受け取って、深く吸い込む。
「ああ……お互いになにか気まずい雰囲気だよ……」
恋人との倦怠期をぼやいているような自分の声に気持ちも萎える。僕はため息と一緒に煙を吐いた。
「ここに来た奴らは皆、大なり小なりイカレちまう! 兄貴もそうだった。別に奴だけが特別じゃないぜ」
「……変わらないでいることがこんなに難しいなんてな」
「本来の自分のままではいられないさ。変われない奴らは戦場で死に、変われる奴らだけが生き残るチャンスをつかめる世界だ。自分を責めるなよ」
いくら酒を飲んだところで酔える気分にはならない。久しぶりのマリファナでさえ、なぜか僕の気分を萎えさせていった。
♰
四月に入り、ベトナムの長い雨期も終わろうとしていた。
ジャングルの中は相変わらずの湿気と暑さ、大量に群がる虫たちで僕たちの体力と気力を奪い続ける。
グレッグは相変わらずジェフやデクスターとつるみ、殺したベトナム兵の数を競うバカげたゲームを繰り返していた。
深夜の基地に響く笑い声は、かつてドランクモアを満たしていたあの賑やかな談笑となんら変わらずこの耳には届くのに、内容は66式鉄帽にマジックで記すふざけたマークのことばかりだ。
殺した人数に応じてマークを描き込んではその数や形を競い合う。例えばそれは、髑髏や爆弾、星や、月だったり。趣味の悪い数え唄で、最悪の夢見はさらに悪くなる。
被っている鉄帽に、一体いくつあのイカレた印をつけたら、僕たちはシルバースターを貰えるんだろうか? 帽子に光るその勲章をぴかぴかに磨き上げるたび、自分が殺した者たちの顔が誇らしげに浮かんで来るんだろうか? レイプして殺した女の顔やその子供の顔だろうか。
僕もここで、何千、何万って虫を殺虫剤で殺してやったよ。
だから僕にもその勲章をくれないか。そしたらすぐにパープルハートに交換してもらうんだ……。
「よお! グレッグ! 帰ってきたな!」
キャンプに着いた僕たちを見つけると、さっそくデクスターが駆け寄ってきた。
「ああ……戻ったぜ、またよろしくな」
二人は握手し肩を抱き合い、グレッグはそのままデクスターについていった。
一人残された僕が宿舎へ向かおうとしていると、通り掛かったエリオットが僕を歓迎してくれた。
「やあ、ベン! 戻ったんだね。一緒にやらないか」
エリオットは持っていた麻の袋から大量のビールをチラつかせた。彼は年末にこの中隊にやって来た十九歳の若者で、あまり自分を主張せず、人懐っこい性格で、先輩兵士からは弟のように可愛がられていた。
「お前、そのビールどうしたんだ」
「中尉から貰ったんだよ」
彼はそう答えたが、僕の休暇中にエリック・ガーナー中尉が敵にやられてくたばってない限り、エリオットが抱えているこの酒の山は中尉のところからくすねたものに違いなかった。
「大麻はあるか?」
「任せてよ!」
エリオットが胸ポケットを叩いて歯を見せる。
あの村を焼き払ってからというもの、僕はマリファナに溺れていた。何度かハンナへの手紙の中で伝えようかと悩んだが、やはり言い出す勇気はなかった。
意味のない殺し合いに無抵抗な村人への暴行。仲間の疑惑の死や、日々迫る死への恐怖に、自分が自分じゃなくなっていく不安。
そして極めつけは変わり始めていった親友。僕の精神状態はとうに限界に達していた。
そんな僕に初めて葉っぱをくれたのは、衛生兵のブルースだった。――効果は絶大だった。現実はなにひとつ変わらないはずなのに、自分の中から苦痛がきれいさっぱりと消えたように気分が良かった。
目に映るすべてがスローモーションのように見えた。そしてここへ来て初めて、死の恐怖を覚えずに熟睡することができた。
エリオットと娯楽室のある宿泊棟に入ると、中ではすでに何人かの兵士が酒を持ち寄って騒いでいた。アルコールと煙草と大麻と仲間の笑い声。この時間だけが、僕のベトナムでの癒しの時間となっていた。
部屋に入るとすぐにブルースがビール片手に笑顔でやって来る。
「よう! ベンジャミンのご帰還だ! 向こうでは楽しんだか?」
いやらしい笑顔で腰を振るブルースは、マリファナですっかりでき上がっていた。
「そんなのはないよ。でもそうだな、できれば戻りたくなかったよ」
苦笑いしながら僕が首を振ると、
「せっかくの休暇に、なにやってんだ?」とブルースは大笑いした。
エリオットからビールを貰い適当に腰掛けると、今度はバークが隣に座って吸いかけのジョイントをくれる。
「ほらよ、浮かない顔だな。グレッグとは相変わらずなのか?」
バークからジョイントを受け取って、深く吸い込む。
「ああ……お互いになにか気まずい雰囲気だよ……」
恋人との倦怠期をぼやいているような自分の声に気持ちも萎える。僕はため息と一緒に煙を吐いた。
「ここに来た奴らは皆、大なり小なりイカレちまう! 兄貴もそうだった。別に奴だけが特別じゃないぜ」
「……変わらないでいることがこんなに難しいなんてな」
「本来の自分のままではいられないさ。変われない奴らは戦場で死に、変われる奴らだけが生き残るチャンスをつかめる世界だ。自分を責めるなよ」
いくら酒を飲んだところで酔える気分にはならない。久しぶりのマリファナでさえ、なぜか僕の気分を萎えさせていった。
♰
四月に入り、ベトナムの長い雨期も終わろうとしていた。
ジャングルの中は相変わらずの湿気と暑さ、大量に群がる虫たちで僕たちの体力と気力を奪い続ける。
グレッグは相変わらずジェフやデクスターとつるみ、殺したベトナム兵の数を競うバカげたゲームを繰り返していた。
深夜の基地に響く笑い声は、かつてドランクモアを満たしていたあの賑やかな談笑となんら変わらずこの耳には届くのに、内容は66式鉄帽にマジックで記すふざけたマークのことばかりだ。
殺した人数に応じてマークを描き込んではその数や形を競い合う。例えばそれは、髑髏や爆弾、星や、月だったり。趣味の悪い数え唄で、最悪の夢見はさらに悪くなる。
被っている鉄帽に、一体いくつあのイカレた印をつけたら、僕たちはシルバースターを貰えるんだろうか? 帽子に光るその勲章をぴかぴかに磨き上げるたび、自分が殺した者たちの顔が誇らしげに浮かんで来るんだろうか? レイプして殺した女の顔やその子供の顔だろうか。
僕もここで、何千、何万って虫を殺虫剤で殺してやったよ。
だから僕にもその勲章をくれないか。そしたらすぐにパープルハートに交換してもらうんだ……。