乾いた射出音を辿って茂みを進むと、棒立ちでマシンガンを乱射する孤立兵を発見した。

 グライムス軍曹が周辺を警戒しろと指示を出すが、辺りに他の敵兵は見当たらない。兵士は血に染まった片腕を垂らしており、負傷で錯乱しているかと思われた。

「姿勢を低くして挟みうちにするぞ! エーカーと俺は左! お前たちは右側から回り込め!」

 軍曹の指示で二手に別れて匍匐(ほふく)で進む。大きな木の裏まで行くと、兵士は依然として叫び声を上げながら手あたり次第に連射していた。

 軍曹がわずかに上体を起こし、顔の横で指を回してシグナルを送る。その拳が下げられたと同時に、パンと乾いた銃声が聞こえ、敵兵が頭を揺らして地面に倒れた。エーカーの射出が的中したようだ。

 僕とチャズは中腰になり、倒れた兵士を確認するため、銃を構えたまま近寄る。息が残っているなら(とどめ)を刺す必要があるからだ。

 チャズの後について倒れた兵士に近づくと、木の背面に別の人影が見えた。

「もう一人いるぞ!?」チャズが銃を構え、「動くな!」と威嚇するが反応はない。

 木の背面の影は幹に寄り掛かるように座り込み、ライフルを胸に抱えたまま既に息が切れているようにみえた。まだあどけなさの残る十歳そこそこの少年だった。

「幼いな……」

 衣類は破れて全身血や泥で汚れているが、二人とも接ぎ目が二本の伝統的なクアン(下衣)とアオ・ババを着ていた。男は少年の父親ほどに歳が離れている。手首に同じ赤い撚り紐がリボンのように縛られ、何かを物語っていた。

 チャズと僕が銃口を下ろすのを見て、グライムス軍曹とエーカーも身を起こして近づいてくる。

「どうだ!? 仕留めたか?」

 いつの間にか止んでいたはずの雨が再び降り始めている。軍曹の声が遠く聞こえた。銃口で少年を突きながら息のないことを確認するチャズの姿に、胃液がこみ上げる。

 その瞬間、死んだと思っていた少年が息を吹き返し、持っていたライフルでチャズの眉間を撃ち抜いた。轟音と共に、水風船が地面に叩きつけられたような音を立ててチャズが地面に転がった。飛び散った鮮血が僕の顔にかかる。

「ツヤッ! ドンクゥン!」

 少年が続けて銃口を僕に突きつけた。生温かいチャズの血が雨で薄まり僕の頭からダラダラと流れ落ちる。

「チャズ! ベン!」

 人は最期の瞬間、走馬灯を見るなんてデタラメだ。引き金にかけられた少年の指の動きがスローモーションのようにはっきりと映る。頭の中は真っ白だ。君との思い出も、何も蘇ってこない。

 僕は異常な冷静さを保ったままこの景色を見ている。死にたくないと心で叫ぶ自分が見える。勢いを増す雨の一粒さえ見えそうだった。

 ――チャカッ

 一瞬だった。虚しい音が響いた。空砲だった。少年の見開かれた目がわずかに歪んだ。僕は速度を取り戻し、引き金を引いた。

 ――バッフォォォォン!!

 降り注ぐ雨が銃声を籠らせる。反響と射出音の区別がつかなくなるほど、僕は少年に銃弾を浴びせ続けた。

 ハンナ……僕が僕でいられるうちに、もう一度君に逢いたい。