ジャングルに潜む敵を先に捉えようと気配を殺して進んでも、敵に気づくのは決まって爆発音や銃声の後だった。味方の兵士が無惨に地に沈むのを合図に、僕たちはその方角へ一斉射撃する。
敵は神出鬼行で、僕たちは後手に回っていた。でも遅れを取ったむやみな反撃では易々と敵に的たるはずもなく、弾を無駄に消費するだけだ。
敵は人間ばかりじゃない。毒を持つ原生植物や虫に蛇、それらの生態もさっぱりわからないまま未知の密林で罠や奇襲に怯え、体力と精神力を奪われる。
ジャングルを熟知している敵兵に比べ、余所者の米兵が翻弄されるのは当然だった。
一息つける場所などどこにもない。それでも、陣地に戻って眠ることができる日はまだ幸せな方だった。武器を置いて三~四時間は身体を休めることができた。
最悪なのは、陣地外での待ち伏せ作戦だった。
その日は未明からの作戦決行が指示された。辺りは完全な暗闇で雨に打たれる木々の葉だけが大きな音を立てていた。月明かりはなく視界も2フィートもない。
「ワイヤーを寄越せ……。バーク、信管を連結させろ、前方に入るなよ」
指向性地雷のM18を仕掛け、数十ヤード後退し泥水の中で潜伏する。降り続く雨が体温を奪い震えを抑えきれない。
「くそっ……! 寒いな、冷凍庫の豚になった気分だ……」
疲労と睡魔で朦朧とするなか、ライフルの引き金にかける指先が暴れそうになるのを必死で堪える。
顔に群がる虫や流れる脂汗を拭うこともできない。緊迫の糸が張り詰め続けて今にも切れそうだった。
「ベン、一時の方向だ……」
グレッグの声で意識が呼び戻される。いつの間にか雨が止んでいる。眠ってしまっていた。
「――おい、ベン?」
銃口を一時にずらし右腕で支えながら、ショルダーポケットの起爆解除ボタンを左手で探るが焦りで指先が滑る。
「……早く押せよッ!」
「どこにいるって!? 僕には見えないぞ?」
「くそっ! こっちに寄越せ!」
グレッグがにじり寄り、僕から起爆スイッチを取り上げようとした矢先、手榴弾のピンを抜く音が聞こえ近くで爆発が起こった。
「敵襲!!」
味方の声に、僕は慌ててA1の安全装置を解除し、起爆スイッチを三回叩きつけた。
クレイモアが激しい爆音を立てる。
同時に手榴弾と銃弾が閃光を放って両者の間を一斉に飛び交った。
一体敵は何人いるのか?
敵の位置は? 味方の負傷者は?
飛び交う銃声と怒号と悲鳴の中で、僕はA1をM7バンダリアに押し込み、無我夢中で泥の中から銃を打ちまくる。
「衛生兵!? 衛生兵!!」
声の方に目をやると味方の兵士が倒れていた。駆け寄った同胞が助けを呼ぶ。そこへ大きな影が過り負傷兵を担ぎあげると後方へ走り抜け、横にいた兵士を怒鳴りつけた。
「大声を上げるな、バカ野郎! 敵にこちらの位置を知らせるようなもんだ! 仲間を助けたいならまずこの戦闘を切り抜けろ!」
グライアン・ミルズ軍曹だ。彼は正規のアメリカ陸軍兵士で、ベトナム戦歴三年を生き抜くベテランだ。生き延びて帰りたければ、彼の訓えには従った方がいい。
「ベン!! どうしてすぐに爆破させなかった!?」マガジンを交換しながらグレッグが叫ぶ。
「すまない! 敵を目視できなかったんだ!」
グレッグは舌打ちすると、再び敵に向かって発砲した。
僕は嘘をついた。クレイモアの威力は絶大だ。湾曲形状によって指向性を持ち、内包するC4が七〇〇個の鉄球を吹き飛ばす。前方に爆風が集中し、一基の殺傷能力は左右六〇度、有効距離五五ヤードほどになる。この爆破によって、一体どれほどの命が奪われるのかと臆した僕は起爆を躊躇いタイミングを逃した。相手だって人間だ。撃たれれば血が吹き出すし、死ぬのだって怖い。戦闘を回避する道はないかと脳裡を過ったからだ。
「ベン! 遊びじゃないんだ! やらなきゃやられるのはこっちだぜ!?」
斜め左前方でグライアン・ミルズ軍曹が負傷兵の盾になりながら迎撃し、煙草の箱を倒すように次々と敵を撃ち抜いていった。
軍曹の足元で、追いついた衛生兵が負傷兵の大腿部の止血に躍起になっている。遠目からでも、千切れかけた脚の切断が止むを得ないことは明らかだった。
僕が判断を鈍らせなければ、彼は負傷せず済んだのか?
その矢先、隣でグレッグが右肩を撃ち抜かれ反動で後ろに倒れ込んだ。
「グレッグ!!」
駆け寄り支えると、グレッグの肩から鮮血が溢れ出し僕の手を濡らした。
「畜生! やられた……」悲痛な声で顔を歪ませる。
「しっかりしろ! グレッグ! 衛生兵! 衛生兵!!」
「くっそ! おぃ、さっき聞こえたじゃねえか、大声を出すなって」
我を忘れて叫ぶ僕の前にジョン・グライムス軍曹が現れた。
「騒ぐな!」
彼はすぐさまグレッグの両脇を後ろから担ぐと、応戦しながら再び数ヤード後退した。
死角に滑り込み、グレッグの上体を少し起こした状態で横たえ、着衣の一部を引き裂いて傷の深度を確認する。一瞬のことだったが軍曹の胸にグレッグの血が染み渡っている。出血量が多い。
「大丈夫だ! 弾は抜けている。止血するからな!」
軍曹の指示通りに直接圧迫する。すぐに衛生兵のブルースが駆け寄ってきて救急キットを広げると体を割り込ませ、圧迫用の布を押し付けると脇の下から包帯で縛り上げた。
「やべえ、腕の感覚がねえぞ……なあ、ブルース……俺の肩はどうなっちまうんだ」
「大丈夫だ! こんな傷大したことないぜ! 一週間も後方のベッドで寝てりゃあ元通りだ! せいぜい休んで酒でもたんまり飲んで来るこった!」
グレッグは安堵すると、もたげていた頭をようやく地面に落とした。
「エーカー! チャズ! それからベンお前も来い! 残党を始末して戦闘を終わらせるぞ!」
グライムス軍曹は上体を屈ませたまま、近くの兵士を数人呼び寄せ、銃声の響く方角へと進んだ。
「ベン! 無理はするなよ、それと、躊躇うな!」
僕は銃を構えると、グレッグを残して軍曹の後に続いた。
敵は神出鬼行で、僕たちは後手に回っていた。でも遅れを取ったむやみな反撃では易々と敵に的たるはずもなく、弾を無駄に消費するだけだ。
敵は人間ばかりじゃない。毒を持つ原生植物や虫に蛇、それらの生態もさっぱりわからないまま未知の密林で罠や奇襲に怯え、体力と精神力を奪われる。
ジャングルを熟知している敵兵に比べ、余所者の米兵が翻弄されるのは当然だった。
一息つける場所などどこにもない。それでも、陣地に戻って眠ることができる日はまだ幸せな方だった。武器を置いて三~四時間は身体を休めることができた。
最悪なのは、陣地外での待ち伏せ作戦だった。
その日は未明からの作戦決行が指示された。辺りは完全な暗闇で雨に打たれる木々の葉だけが大きな音を立てていた。月明かりはなく視界も2フィートもない。
「ワイヤーを寄越せ……。バーク、信管を連結させろ、前方に入るなよ」
指向性地雷のM18を仕掛け、数十ヤード後退し泥水の中で潜伏する。降り続く雨が体温を奪い震えを抑えきれない。
「くそっ……! 寒いな、冷凍庫の豚になった気分だ……」
疲労と睡魔で朦朧とするなか、ライフルの引き金にかける指先が暴れそうになるのを必死で堪える。
顔に群がる虫や流れる脂汗を拭うこともできない。緊迫の糸が張り詰め続けて今にも切れそうだった。
「ベン、一時の方向だ……」
グレッグの声で意識が呼び戻される。いつの間にか雨が止んでいる。眠ってしまっていた。
「――おい、ベン?」
銃口を一時にずらし右腕で支えながら、ショルダーポケットの起爆解除ボタンを左手で探るが焦りで指先が滑る。
「……早く押せよッ!」
「どこにいるって!? 僕には見えないぞ?」
「くそっ! こっちに寄越せ!」
グレッグがにじり寄り、僕から起爆スイッチを取り上げようとした矢先、手榴弾のピンを抜く音が聞こえ近くで爆発が起こった。
「敵襲!!」
味方の声に、僕は慌ててA1の安全装置を解除し、起爆スイッチを三回叩きつけた。
クレイモアが激しい爆音を立てる。
同時に手榴弾と銃弾が閃光を放って両者の間を一斉に飛び交った。
一体敵は何人いるのか?
敵の位置は? 味方の負傷者は?
飛び交う銃声と怒号と悲鳴の中で、僕はA1をM7バンダリアに押し込み、無我夢中で泥の中から銃を打ちまくる。
「衛生兵!? 衛生兵!!」
声の方に目をやると味方の兵士が倒れていた。駆け寄った同胞が助けを呼ぶ。そこへ大きな影が過り負傷兵を担ぎあげると後方へ走り抜け、横にいた兵士を怒鳴りつけた。
「大声を上げるな、バカ野郎! 敵にこちらの位置を知らせるようなもんだ! 仲間を助けたいならまずこの戦闘を切り抜けろ!」
グライアン・ミルズ軍曹だ。彼は正規のアメリカ陸軍兵士で、ベトナム戦歴三年を生き抜くベテランだ。生き延びて帰りたければ、彼の訓えには従った方がいい。
「ベン!! どうしてすぐに爆破させなかった!?」マガジンを交換しながらグレッグが叫ぶ。
「すまない! 敵を目視できなかったんだ!」
グレッグは舌打ちすると、再び敵に向かって発砲した。
僕は嘘をついた。クレイモアの威力は絶大だ。湾曲形状によって指向性を持ち、内包するC4が七〇〇個の鉄球を吹き飛ばす。前方に爆風が集中し、一基の殺傷能力は左右六〇度、有効距離五五ヤードほどになる。この爆破によって、一体どれほどの命が奪われるのかと臆した僕は起爆を躊躇いタイミングを逃した。相手だって人間だ。撃たれれば血が吹き出すし、死ぬのだって怖い。戦闘を回避する道はないかと脳裡を過ったからだ。
「ベン! 遊びじゃないんだ! やらなきゃやられるのはこっちだぜ!?」
斜め左前方でグライアン・ミルズ軍曹が負傷兵の盾になりながら迎撃し、煙草の箱を倒すように次々と敵を撃ち抜いていった。
軍曹の足元で、追いついた衛生兵が負傷兵の大腿部の止血に躍起になっている。遠目からでも、千切れかけた脚の切断が止むを得ないことは明らかだった。
僕が判断を鈍らせなければ、彼は負傷せず済んだのか?
その矢先、隣でグレッグが右肩を撃ち抜かれ反動で後ろに倒れ込んだ。
「グレッグ!!」
駆け寄り支えると、グレッグの肩から鮮血が溢れ出し僕の手を濡らした。
「畜生! やられた……」悲痛な声で顔を歪ませる。
「しっかりしろ! グレッグ! 衛生兵! 衛生兵!!」
「くっそ! おぃ、さっき聞こえたじゃねえか、大声を出すなって」
我を忘れて叫ぶ僕の前にジョン・グライムス軍曹が現れた。
「騒ぐな!」
彼はすぐさまグレッグの両脇を後ろから担ぐと、応戦しながら再び数ヤード後退した。
死角に滑り込み、グレッグの上体を少し起こした状態で横たえ、着衣の一部を引き裂いて傷の深度を確認する。一瞬のことだったが軍曹の胸にグレッグの血が染み渡っている。出血量が多い。
「大丈夫だ! 弾は抜けている。止血するからな!」
軍曹の指示通りに直接圧迫する。すぐに衛生兵のブルースが駆け寄ってきて救急キットを広げると体を割り込ませ、圧迫用の布を押し付けると脇の下から包帯で縛り上げた。
「やべえ、腕の感覚がねえぞ……なあ、ブルース……俺の肩はどうなっちまうんだ」
「大丈夫だ! こんな傷大したことないぜ! 一週間も後方のベッドで寝てりゃあ元通りだ! せいぜい休んで酒でもたんまり飲んで来るこった!」
グレッグは安堵すると、もたげていた頭をようやく地面に落とした。
「エーカー! チャズ! それからベンお前も来い! 残党を始末して戦闘を終わらせるぞ!」
グライムス軍曹は上体を屈ませたまま、近くの兵士を数人呼び寄せ、銃声の響く方角へと進んだ。
「ベン! 無理はするなよ、それと、躊躇うな!」
僕は銃を構えると、グレッグを残して軍曹の後に続いた。