やがて夜も更けゆくままに、いつしか眠り込んでいた僕は、窓から差し込む陽の光で目を覚ました。

 明るく広がる青空に反して、僕の心は暗闇の中に置き去りのままだ。隣で寝ていたグレッグの姿がないのに気づいたが、探そうなんて気も起きなかった。

「ベン、起きてるか? 朝食を持って来てやったぜ」

 ライ麦パンをどっさり乗せたプレートを持ってグレッグが入ってくる。机の上に置くと、大きめにカットされたパンにジャムを塗りたくって口の中へほうり込んだ。見ているだけで、胸やけしそうだ。

「今日みたいな日に、よくそんなでかい口開けてモノが食えるよな……」

「馬鹿野郎、食う物喰っておかないと、いざってときに動けなくなるんだぜ? ほら、お前も喰えよ! そしたら出発だ」

「出発って、一体どこに行くんだよ」

 なにを企んでいるのか。グレッグは美味そうに口中で頬張りながら、少し待てというジェスチャーで僕を待たせると、水でパンを流し込み苦しそうに言った。

「ハンナのところだよ! お前だって彼女に会いたいんだろ?」

 気づかいのないあけすけな提案に、僕は頭に来て怒鳴りつけた。

「昨日の話を聞いてたろ!? 僕たちが行ったところで、一体なにができるんだよ!」

「なにもできないから行くんだよ。それが友達だろ? ハンナだって、俺たちに病気が治せるなんて思ってないさ。それなら、俺たちは俺たちのできることをやればいい」

「お前……」
 目が覚める思いだった。もし、彼女が友人として僕たちに望むことがあるのなら、それはきっとあの頃のように側にいて、なんてことのない時間を一緒に過ごすことだ。ハンナがハンナであるように。彼女がありのまま、生き生きと笑っていられるように。

「ごめん、グレッグ。ハンナのところへ行こう」

 グレッグがパンを押しつける。僕はそれを黙って受け取ると、一気に口に含んで飲み込んだ。机に散らばるスケッチブックと鉛筆を抱えて部屋を飛び出す。

 ハンナのために、僕ができることを。

 そうだ。僕にできることを精一杯やればいい。そうやって、クリスティーナとは違う、彼女の孤独を僕たちなりに満たしてやれば、それでいいんだ。そんな簡単なことに気づけないほどに、僕は周りが見えなくなってしまっていた。

 躊躇っている暇など一秒だってない。トラックのドアを勢いよく閉め、エンジンをかける。ランチプレートを抱えたままのグレッグが助手席に飛び乗ると、パンとジャムが床に転げ落ちた。

「わっ! わっ!」グレッグが慌ててパンをかき集める。

「袋に詰めて来いよ。でなけりゃ彼女の家に着くころには、皿しか残ってないぞ」

 グレッグは間抜け顔で大きくうなずくと、「よし! 待ってろよ!?」と慌ててトラックを降りた。
 さすがのこいつも、平常心ではいられないんだろう。

「先に行ったら殺すからな!」

 グレッグがそう言って家へと駆けていくと同時に、玄関から母さんが出てくるのが見えた。

 手になにかを持ち、青白い顔をしている。車中にいる僕を確認すると、グレッグの横をすり抜けこちらへ駆け寄ってきた。

 玄関前では、いつもと様子の違う母さんに、グレッグが不安そうに立ちすくんでいた。

「ベン! ……あんたに、徴兵命令が……!」

 母さんが告げる。生まれてこのかた、一度も見たことのない悲壮な面持ちだった。

 いつの間にか僕たちは、何者かが仕掛けた運命という名の罠にすっかりはまり込んでいる。母さんがしきりになにかを訴えていたが、まったく聞こえなかった。

 羽ばたき疲れた蝶が、蜘蛛の巣に絡め取られるように、気がつけば僕たちはぽっかりと空いた穴の真ん中に置き去りにされている。いや、ひょっとしたらもうずっと前からその穴の中で、もがいていたのかもしれない。

 不自由な手足で、遥か彼方に見える家を目指し、荒野を進むクリスティーナの目前に、想像だにしなかった大きな川が横たわっていたとしたら、彼女は一体どうしただろう。もしくは、事前に川の存在を知ることができていたとしたら?

 僕は今、そんな気分だ。