深更(しんこう)のあぜ道をヘッドライトが揺らす。この町で最も遅くまで開いている店といえばロジーのリカーショップだ。他にもいくつか酒屋はあるけど、どこも日の入り前には店を閉めてしまう。夜起きている者は皆、ロジーの酒屋へと車を走らせる。この界隈で一番繁盛している店だ。

 オーナーのロジーはかつての同級生で、昔はよく彼のことを『スラッグ(なめくじ)』とからかったものだった。巨漢で暑がりの彼は、いつも脇にビスケットの箱を抱えて、サイズの合わないタンクトップを着込み、冬でも腹を出していた。ノロマな奴で、どこに行っても道草ばかり食い、みんなから逸れる。いかにもイジメられっ子の代表格だった。

 しかし今や町一番の出世頭。早くに亡くなった親父さんの跡を継ぎ、良い暮らしをしている。付近一帯の農園が地道に稼いだ金を全部手中に収めているんじゃないかって噂されるほどだ。

 あいつがやったことといえば、営業時間を深夜超えるまで延長したことだけ。あとは酒欲しさに勝手に群がる客をただ座って待っていればいい。金の力は偉大だ。誰もロジーをからかったりはしない。表立っては……。とにかく、金と酒の力は本当に偉大だ。

 店の看板が見えてくる頃、不釣り合いな車が停まっているのに気づいた。

「おい、あれはロジーの車か?」

 黒の高級セダンだ。徐々にはっきりする黒い車体にグレッグがつぶやいた。

「あいつ、よほど金を余らせてるのか? こんな田舎にあんなひ弱そうな車! 砂埃でエンジンが焼きついてすぐにお釈迦だぞ?」

 そのとき、店から身なりの良いスーツ姿の男が出てきて車に乗り込んだ。明らかによそ者だ。僕たちはその男が乗り込んだ高級車のナンバープレートに目をやった。

 フィラデルフィアナンバー……。

「ハンナか!?」

 ハッとして顔を見合わせる。強い不安が瞬時に駆け巡った。ハンナがフィラデルフィアに帰ってしまう!?

「まだ決まったわけじゃない! とにかくロジーに話を聞いてみようぜ!?」
 グレッグは車を降りると店の中へと駆け込んだ。

「でもフィラデルフィアだぞ!? あんな所からわざわざ車で来るなんて、間違いないだろ!? 一体、何百マイルあると思ってるんだ!」

「だからだよ! 普通なら飛行機を使う距離だ! たまたま立ち寄っただけの物好きかもしれないだろ!?」

 その言葉に説得力なんてなかった。あの男がハンナの父親である可能性しか浮かんでこない。かつて湖のほとりで、興味本位にハンナに訊ねた質問とその答えを、僕は覚えていたからだ。質問とは、空の上から見たアメリカについて。

「ねえ、ハンナ。雲の上では夜はどんなだったんだい?」

 ミズーリはおろか、トウモロコシ畑から出たことのない僕たちにとって、雲の上の景色に純粋な興味があった。でもハンナは笑いながら首を振った。

「まさか! そんな自殺行為しやしないわ!」

 てっきり飛行機でやって来たものだとばかり思っていたが、ハンナいわく、彼女の家族は皆、あの鉄の塊が空を飛ぶことなど信じていないという話だった。高額ながらも専用のタクシーを手配し、自分の住む町からこのミズーリに続く風景をスケッチしながら旅してきたのだといった。

 子供の頃の話を含め、ハンナは母親のことについてはよく語ったが、父親に関する話題は上ったことがない。あるとするなら、〝仕事一筋の弁護士〟――ただそれだけ。

 僕の父さんに対する反応や態度を見る限り、ハンナは父親というものに対してあまり良い印象を持っていないということだけはわかっていた。だから僕たちもそれ以上は触れないできた。

 ハンナが行き先を告げずにフィラデルフィアを出てきたのだとすれば、何ヶ月も連絡がつかない娘を心配した父親が娘の足取りを追ってこの町にたどり着いたとしてもおかしくはない。

「ロジー! おい、ロジー!?」

 グレッグがカウンターをバンバン叩いて店の奥に引っ込みかけるロジーを呼んだ。

「おいおい、グレッグ何事だ? 店を壊さないでくれよ?」
「今、スーツ姿のよそ者の男が来てたよな!? 客か?」

 急かすようにグレッグが訊ねると、ロジーは首を横に振った。

「いーや、違うよ。なんだよ、やけに慌ててるな? 金持ちそうな男だから期待したんだが、エイムスの家はどこかと訊ねられただけだ。それより新しい酒が入ったんだが――あ、おいっ! 酒買っていかないのか⁉」

「俺たちの代わりに浴びといてくれ!」

 僕たちは返事もそこそこに店を後にすると、急いでロザリーの家へと向かった。