それでも唯一違うことがあるとしたら、答えは簡単。ハンナだった。
昨日も一昨日も、一週間前も、一ヶ月前だって、自分がなにをしていたか定かには覚えてなくても、ただひとつ確信のあること。それは、毎日ハンナを想っていたことだ。それがはたして良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、とにかく僕はハンナからはただの一日だって逃れられなかった。
ある晩、夕食時にグレッグが突然僕に訊ねた。父さんたちの前でだ。
「お前、本当にハンナのことを忘れるつもりなのか?」
さすがに僕は固まった。両親の前――特に父さんの前でハンナの話をするのは御法度だと二人でルールを決めたのをあっさり無視してグレッグが切り出したからだ。
なにせ、エイムス家での一件があってからハンナに対する父さんの印象はすこぶる悪い。父さんの動きが一瞬引きつるように止まる。僕はグレッグを睨みつけたが、彼はそんな僕を鼻で笑うと、父さんに向かって言った。
「親父さん、ベンは意中の女と上手くいかずに、ここ数ヶ月仕事にも身が入ってねえ。このまま来月の受粉期を迎えるなんてことになったら、とんでもないポカをやらかすぜ?」
父さんは呆れ果て、大きなため息をついた。
「やっぱりか……馬鹿野郎が……」無言で食事を終わらせて席を立つ。そして去り際に言った。「しばらくお前たちの体を空けてやる。それまでにそのくだらない悩みを解決しておけ」
父さんが背を向けて部屋を出て行く中、僕も母さんも唖然としてその後ろ姿を見送った。ただ一人、グレッグだけが満面の笑顔で親指を立ててみせる。
なるほど、どうやら彼の狙いは始めからこれだったようだが、なんとも唐突な展開にいまいちどうしたらいいのかわからないまま、ぼんやり宙を見るしかなかった。
母さんがクスリと笑って食器を片づけ始める。
「おい! ベン!? しっかりしろよ? 親父さんから休みを勝ち取ったんだ! この素晴らしいチャンスを逃せば、またしばらく身動きが取れなくなるぜ!」
グレッグが僕の肩を激しく揺らす。
「本当、あんたはいざとなったら情けない子だよ! グレッグからもらったチャンスをしっかり活かしなよ!」
空いた食器を重ねながら、母さんまでが憐れみの激励を飛ばす。二人の気持ちはありがたいけど、僕としては正直複雑な気持ちだ。
玉砕してから数ヶ月、ハンナとは一度も会っていない。この狭い町でよく避け続けていられたものだと自分でも感心するけど、もうとっくに僕のことなんて忘れてしまっているんじゃないだろうか。
今更どんな顔をして会えば良いかもわからないし、ましてや、なんて声をかければ良いのか見当もつかない。ただ、あの日の失恋の記憶だけが蘇って胃がキリキリする。
「よし! 今夜は作戦会議だな! そうと決まればとにかく酒がいるぞ!」
グレッグがトラックの鍵を持ち出し、僕を引きずるように外へと連れ出した。渋々車のエンジンをかけて走り出そうとしたとき、助手席に座るグレッグを見てふと感じた。
ひょっとしたらこいつは、僕の失恋を口実に休みを勝ち取って、ただ酒が飲みたかっただけなんじゃないだろうか……。
「どうした? ベン! ほら! 早くしないと店が閉まっちまうぞ!?」
素晴らしい笑みを浮かべてグレッグが急かす――もうそれ以上深く考えないほうがよさそうだ。
昨日も一昨日も、一週間前も、一ヶ月前だって、自分がなにをしていたか定かには覚えてなくても、ただひとつ確信のあること。それは、毎日ハンナを想っていたことだ。それがはたして良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、とにかく僕はハンナからはただの一日だって逃れられなかった。
ある晩、夕食時にグレッグが突然僕に訊ねた。父さんたちの前でだ。
「お前、本当にハンナのことを忘れるつもりなのか?」
さすがに僕は固まった。両親の前――特に父さんの前でハンナの話をするのは御法度だと二人でルールを決めたのをあっさり無視してグレッグが切り出したからだ。
なにせ、エイムス家での一件があってからハンナに対する父さんの印象はすこぶる悪い。父さんの動きが一瞬引きつるように止まる。僕はグレッグを睨みつけたが、彼はそんな僕を鼻で笑うと、父さんに向かって言った。
「親父さん、ベンは意中の女と上手くいかずに、ここ数ヶ月仕事にも身が入ってねえ。このまま来月の受粉期を迎えるなんてことになったら、とんでもないポカをやらかすぜ?」
父さんは呆れ果て、大きなため息をついた。
「やっぱりか……馬鹿野郎が……」無言で食事を終わらせて席を立つ。そして去り際に言った。「しばらくお前たちの体を空けてやる。それまでにそのくだらない悩みを解決しておけ」
父さんが背を向けて部屋を出て行く中、僕も母さんも唖然としてその後ろ姿を見送った。ただ一人、グレッグだけが満面の笑顔で親指を立ててみせる。
なるほど、どうやら彼の狙いは始めからこれだったようだが、なんとも唐突な展開にいまいちどうしたらいいのかわからないまま、ぼんやり宙を見るしかなかった。
母さんがクスリと笑って食器を片づけ始める。
「おい! ベン!? しっかりしろよ? 親父さんから休みを勝ち取ったんだ! この素晴らしいチャンスを逃せば、またしばらく身動きが取れなくなるぜ!」
グレッグが僕の肩を激しく揺らす。
「本当、あんたはいざとなったら情けない子だよ! グレッグからもらったチャンスをしっかり活かしなよ!」
空いた食器を重ねながら、母さんまでが憐れみの激励を飛ばす。二人の気持ちはありがたいけど、僕としては正直複雑な気持ちだ。
玉砕してから数ヶ月、ハンナとは一度も会っていない。この狭い町でよく避け続けていられたものだと自分でも感心するけど、もうとっくに僕のことなんて忘れてしまっているんじゃないだろうか。
今更どんな顔をして会えば良いかもわからないし、ましてや、なんて声をかければ良いのか見当もつかない。ただ、あの日の失恋の記憶だけが蘇って胃がキリキリする。
「よし! 今夜は作戦会議だな! そうと決まればとにかく酒がいるぞ!」
グレッグがトラックの鍵を持ち出し、僕を引きずるように外へと連れ出した。渋々車のエンジンをかけて走り出そうとしたとき、助手席に座るグレッグを見てふと感じた。
ひょっとしたらこいつは、僕の失恋を口実に休みを勝ち取って、ただ酒が飲みたかっただけなんじゃないだろうか……。
「どうした? ベン! ほら! 早くしないと店が閉まっちまうぞ!?」
素晴らしい笑みを浮かべてグレッグが急かす――もうそれ以上深く考えないほうがよさそうだ。