そんな風に日々は過ぎていき、ついに僕自身納得がいく君の人物画が完成した。

 ある雨の降る日、ハンナで埋め尽くしたスケッチブックをグレッグに見せると、彼は言葉を失って、唖然とした表情を浮かべたままパラパラとめくっていった。

「おお……こりゃすげえ……描きに描いたな……いやあ、ここまでくると正直親友としてお前の将来に不安を抱くぜ……。でも断言していい! 彼女にとって、これ以上の贈り物なんて絶対にないよ!」

 冷ややかな目で熱く語る親友の言葉に、僕も違う意味で不安になるけど、彼女へのプレゼントとしては太鼓判を押してもらえたことに僕は満足していた。

「で? 後はプロポーズの言葉だな、朗報を待ってるぜ」

 グレッグはポケットから煙草を取り出すと、葉巻をくわえるような仕草で冗談めかす。

「作戦は明朝マルハチマルマル時! お前は工場を抜け出して彼女に会いに行け! 質問はあるか?」

 どこで覚えたのか、安っぽい軍曹のような物真似で真面目な顔をして話すグレッグに、僕は笑いながら訊ねた。

「今日みたいに雨が降ってたらどうするんだよ」

 馬面のグレッグは口をポカンと開けたまま天井を見上げると、力強く一言だけ言った。

「以上! 解散!!」

 つまり、雨が降ろうが槍が降ろうが、とにかく明日行ってこいってことだ。

 幸運にも、翌朝の空は晴れ渡っていた。グレッグを工場へ送り届けてから一人で抜け出した僕は、エイムス家に向かって車を走らせる。

 いつもよりは少し遅い時間だ。昨日降った雨のせいで地面はぬかるんでいるけど、はたしてハンナは出てきてくれるだろうか? 

 来月にもなれば農園は繁忙期に突入する。植え付けに入るからだ。播種の時期は最も重要で、一日十八時間から二〇時間働くのが普通だ。しかもそれが数ヶ月間続く。

 五月の早い時期には播種を完了することが望ましい。低温や降雨などによって作付けが遅れると、「一日あたり1ブッシェルの割合で潜在単収能力が低下するんだぞ!」なんていう父さんの苦言が毎日のように繰り返された。

 充分成熟しないうちに初秋を迎えてしまうと、早霜の被害を受ける危険性が高くなるからだ。全滅もありうる。

 当然、今のように仕事をサボるのも無理だ。さすがの父さんも許しちゃくれない。それくらい植え付けのシーズンはトウモロコシ農家にとって大事な時期なんだ。

 エイムスさんの家の前に車を停めると、ドアをノックして待った。僕を出迎えたのはロザリーだった。

 こんなときは大体ハンナの体調か機嫌が悪い日で、彼女が外出することはまずない。

 がっかりした顔を見抜かれないように気を配りつつロザリーに挨拶するけど、落胆を隠しきれない。

「ああ……おはようエイムスさん、ハンナは具合悪いみたいだね。また今度顔出すよ」

「ベン、こんな時間に迎えにくるなんて珍しいわね? ハンナなら、早朝から湖の公園に出かけていったわ」

 そそくさと逃げ出そうとする僕の背中に聞こえてきた言葉に、思わず声が漏れそうになる。

「あなた一人なの? もう今日は来ないのかと思っていたわ。ハンナもしばらくは待っていたようだったけれど」

「グレッグは今日は工場で作業なんだ。ありがとう、エイムスさん。湖に行ってみるよ」

 僕はロザリーに別れを言うと、車のエンジンをかけ、湖へと走らせた。