10区、23.0 キロ。ゴールへと続く安定した走りが求められる。優勝争いだけではない、ゴール直前で競り合いになった場合、スプリント力が順位に直結する。

 20キロ付近までは1区を逆走。最後は、銀座通りから日本橋を渡り、ゴールの大手町に向かう。
 最早小細工など何もない。箱根駅伝全10区、2日間に渡る217.1㎞の旅の終着点……ただただそこを目指し、一本の襷に懸けてきた……。

 今は走っている21人誰もが思いを馳せ、努力と時間を費やし、仲間たちと涙し、耐え、苦しみ、喜び、分かちあってきた青春の歴史を踏み締めてゴールへと進む。その表情は21通り……。



 東邦国際大、鶴見中継所では10区アンカーを託された4年、多部はウォーミングアップの最中、いてもたってもいられなくなる。順位は15位……走り出すまで、あと5分……。思いついたようにマジックペンで左腕に『おまじない』を書いた。

天野広助(あまのひろすけ)

 10区の座を最後まで争った、同級生の名前だ。

 昨晩も『絶対にお前なら走れる』って連絡をくれた天野のことが頭に浮かんだ。

 2人は今まで箱根を走ってない。お互い4年、最初で最後の箱根駅伝となる。ギリギリまでこの10区の座を競い合った。

 後半の区のほとんどは単独走。苦しくなったり、不安になったりする場面はきっと何度も訪れる。その度に左腕の文字を思い出す。一緒に走るんだ、と。



 日比谷通りを馬場先門で右折して京橋から日本橋に回り込む。このビクトリーロードに最初に姿を現したのが青坂学院大学。大歓声の中ゴールテープを切った青坂のアンカーは、フレッシュグリーンのユニフォームのチームメイトたちに囲まれて見えなくなる。

 復路優勝である。

 次いで2位を守り切った教立がスパートを掛ける……トップ青坂とのタイム差……1分18秒……!!

 往路5区、山上りでつけたタイム差を守り抜き、教立大は史上3番目の予選会から出場での総合優勝を決めた。
 眩しい輝き(青春グレア)の江戸紫の襷の側で揺れた聖和のパールホワイトの襷が、控えめに瞬いた気がした。

 希はまだ帰って来ない聖和男子、そして関東学園を待ちながら教立大の大歓声の輪を見つめる。羨ましい気持ちがない訳がない。その視線に気付いた白雲が小さくお辞儀する。慌てて深く頭を下げた希の目から、乾燥した大手町の通りに一滴。
 何の涙なのか理解ができない。

「ありがとうございました。この襷が……我々に力を貸してくれました」

 白雲がそう言って聖和女子の襷を希の前に捧げる。希はそれを受け取ったとき、襷が微笑んだ。