振り切れなかった渓介へのプレッシャーは大きい。仕掛けた側が何度かふるい落とそうとするその都度、食らいつかれる。こんなときは我慢比べだ。
 お互い苦しい。その『苦しい』を自覚した方が負ける。そう、『苦しい』ことなんて初めから分かってる、だからそれを再認識するように確かめてはいけない。

 お互い今、5区の適正である『メンタル』が試されている。単純なスタミナで言うのなら二人は互角であったのかもしれない。ここで勝負を分けたのは『忍耐』……できの良い姉、千風……比較されるのは慣れている。
 家に飾ってある姉のメダル。『自分も欲しい』『両親もよろこんでくれるだろうな』何度そう思ったことか……。自身の力で手にするまではは、と触れるのさえ我慢してきた日々。その想いを今ここで力に変える!

 実のところ渓介は二刀流のフォームの使い分けを完全にマスターしたわけではなかった、当たり前である、簡単なわけがない。渓介はほんの小さいながらも『不安』という爆弾を秘めている、それは勝負の明暗を分ける程の迷いに繋がる。



 前方に芦ノ湖が見えてきた。


 空木のポーカーフェイスが渓介を無言で追い詰める。『ひょっとしてアイツにはまだ余裕があるのではないだろうか?』その思いが過ったとき、自身への疑いが……信頼しきらなければならないはずの自分への心の揺れ……。

 次の瞬間、空木は前へと抜け出した。……離されてはいけない……その思いに足がついて行かない。疲弊してしまった筋力が瞬発よく反応しない……この1歩、たったのこの1歩が偉大な差を造り上げる。そしてこの差が埋まることは恐らくきっとあり得ない。
 渓介が無意識に手を伸ばす。しかしその手が摑むのは空しい空間。



 箱根神社の第一鳥居をくぐる。残すは約1.5キロ。空木を遮るものなど最早何もあるはずも無い。青坂大をそのままの勢いで抜き去ると交差点を右折する。

 芦ノ湖駐車場、往路ゴールだ! 仲間たちと一緒に希が涙を浮かべて待っててくれる。テープが切られる……。そこに言葉などもうない。



 関東学園大学、東京箱根間往復大学駅伝競走往路、優勝! 記録5:24′47″