すぐに立ち上がる光。

「やってくれたぜ……」

 走りながら痛みと距離を確認する。凡そ差は6秒、約30メートル。走るに痛みはない。小田原本町を右に曲がると、箱根の山から冷たい風が吹き付け擦れた傷の熱さを認識させる。それでもあのときのバイクで転んだときの痛みに比べれば、傷も心も痛くない。
 残り2.5キロ上り坂に入る。



 負けは悔しさを恐らく敗者へ平等に与える。その悔しさをどこに向けるか……それこそが負けから立ち直る強さである。『枯れたとしても腐るな』光は空木を見てそう解釈した。その方向を誤ると性根は捻じ曲がる。
 駿輔の執念……彼は悔しさの方向を誤ったとしか思えない。



 目には目を……やはりそのやり方では感動は生まれない。これはスポーツだ。筋書は努力が脚本してくれる。一生懸命が監督である。
 負けるもんか……。

『この1時間のために10年努力してきた』
 1時間00分30秒……最初で最後の箱根駅伝この4区で区間新記録を叩きだした選手の言葉が過る。


 10年の努力を目の当たりにしてきたじゃないか……。努力はその人を試す、その心を……そして選別し、嘘を見抜く。

 外的要因が選手に与える影響は計り知れない。



「光! 負けないで!」

 聞こえるはずのない声。しかしそれは紛れもない千風の声。間違うはずのない大好きな声。千風の姿を視覚が得る。
 脚に力が戻る。走りに勢いが増す。何より心が奮い立つ。

「俺は、千風のためなら死ねる!」


 もう一度……追い付く!

「光があれから空木にも負けない努力をしてたの知ってる、あたしずっと見てた! だから……負けないで!」

 千風の声が背中を押す。