4区、名勝、旧東海道松並木を抜け、国道1号線をひた走る。『つなぎの区間』などとは言わせない重要な区間。酒匂橋など、橋が10か所もあり後半の小刻みなアップダウンに対応し、2.4キロ伸びた距離は4区最大の難所の上り坂。

 大磯の松並木を抜ける。

(ここはペースが掴みづらい、焦らず行こう)

 負けん気が強い光は少しでも早く前に追い付きたくなる。――しかしここで焦ってペースを上げたらいけない。我慢……すべては勝つために。細かな起伏が足の感覚を狂わせる、しっかりつま先を上げて走ることを意識する。路面を掴む足、地面へ力が伝わっているのを確認する。

 我慢……我慢……逸る気持ちを押さえて小田原へと歩を進める。それでも一向に見えてこない駿輔の背中に光の忍耐が限界を迎える。
 長距離は『自分との闘い』とされたりすることも多い。しかしレースである以上『競うべき相手』がいる。自分に打ち勝てば、相手に勝てる訳でもない。
『何と闘うべきか』その限定を状況に応じてそれができるか否か、変わりゆく場面の中でランナーたちは常に判断を求められている。

 教立がズルズルと順位を下げる。現在青坂、馬引沢、聖和、関東、教立と順位が変わっている。

 酒匂橋を渡れば残り5キロ強、しばらく平坦が続く、この前までに追い付かなければ……駿輔は平坦に強い。
 光がペースを上げる。


◆◇◆◇

 何かが谺を揺り起こした……。飛び起きた谺は、すぐさまレースの行方を確認する。その頬を冷たい風が刺激する。

「千ちゃん? 光を助けてやって欲しい……そう……酒匂橋を過ぎた辺り……」

 千風への電話を切った谺は、さっき千風に言われた『ありがとう』の言葉を思い出していた。何で千風はあの時そう言いたのだろう? 何故それを聞いて嬉しく思ったのだろう? そしてなぜ今、千風に光を助けるよう求めたのだろう?

『名も無い花など無い』学者はそう言ったそうだ。しかし未だ名の無い感情はきっとある……谺はそう感じた。

◆◇◆◇


 …………居た…………



 ……捉えた……パールホワイトの襷、駿輔だ。しかし平坦の終わりは近い、やはり駿輔は平坦が速い。光がペースを上げなければ捉え切れなかった。しかしその代償は? 自身のスタミナを問う