平塚中継所をどこよりも速くスタートしたのは青坂。次いで、教立、馬引沢、聖和、関東という順位に。
 聖和は裏エース〔9区〕を走ると思われていた駿輔が、関東は光が4区を走る。

「パイセン、久しぶりです」
「大手光……また俺に負けて泣きに来たのか?」

「今日は俺が勝つ番です」
「眼中にないな。椎名流風(しいなるか)、前を走ってるなら丁度いい……」

 駿輔が不敵に笑う。正月の元気、冬の寒気、沿道の歓喜、選手の熱気に混じって狂気が漂う。


「俺はあの負けで強くなりました」
「ならまた負けるんだな。負けが強くするなんて妄想だ。負けは惨めな敗北者でしかない」


 意外と『勝ちと負け』があることを知っていても、その本当の意味を味わっている人間は少ない。勝って省みることは疎かになりがちだ、負けを知っている者はそれを疎かにしない。
 空木は知っていた、『負け』というモノを。『負け』は努力と精神と礎を養い、『勝ち』は経験と技術とセンスを磨く。
 真に『負け』を知る者は悔しさをどこへ向けるか、その方向を知っている。

 光はその姿を見て、『負け』を学んだ。


「負けを受け入れない人はずっと負け続けたままだ……勝負に勝ちと負けがあることを知ってる人間こそ勝ちに意味がある」
「甘ちゃんが……以前、この4区は『新人区間』と言われていたが、泣き虫の1年坊に任せるなんて4区の格が落ちる……」
「去年、椎名さんが出した区間記録もろとも抜き去ってやりますよ」

「椎名か……足でも掛けてやるかな……ふっ」

 まるでカマキリが笑ったような不気味さ……。気の強い光でさえも思わず引いてしまう……。流風の高校2年3年時は、対留学生として3区を任されるようになりあの時のリベンジは果たせないままでいる。



 広島の世良農業高校から馬引沢大へと進学した椎名流風。聖和、天道駿輔がそれを追う。その後ろから追いかけるは関東、大手光。