一番身近で希の想いを見てきたはずの彼は、他人の気持ちは想像できないようだ。裏切られた期待、想定外の出来事に誰もリアクションできない。

 その間隙を縫って空木が声を上げる。彼を知る人なら、これまた驚きのアクションである。

「それでいいんですか? 聖和男子部……。なんだかがっかりです、調月さん」
「……失礼だな、部外者がいきなり……誰だい? 君は?」

「男が廃るって言ってんだよ」
「これは……手厳しいな」

 光が割って入る。空木に向けられた不愉快から一転、希の弟として認知している光には敵意を引っ込める。

「希姉は……本当は聖和大箱根駅伝初出場の志を同じくしてきたはず(・・)の男子部に連れて行って欲しかったと思いますけど……なんなら俺たちが襷を預かったっていい……」

 そう言葉をぶつけた谺に同調するように空木は悔しさを噛みしめて訴える、真直ぐに調月煌司を見つめて……。

「君も……弟?」

 怒を含んだ視線の空木をいなす態度で煌司が聞く。

「俺は本当の弟じゃない、けど……」
「あぁ、なるほど希さんのことが好きなわけか、君は。頼りにされなかった嫉妬ってわけ……ははっ」

「そうです、俺はずっと希姉を追いかけてきた、箱根駅伝……それを目標に今日まで頑張ってきた。だから関東学園(おれたち)聖和大(あなたたち)を破って、そうしたら、そうしたら……」

「希姉に告白するんだ」

「はははっ……ここでもう告白してるじゃないか。それでも『勝ったら』なんて条件を提示するなんて自信がない表れじゃないかっ……笑えるなっ、はははは。どうする? 希さん、今日のは聞かなかったことにするの?」

「うっちゃんを」「空木を」
「バカにすることは許さない」

 光、谺。希、千風の言葉が揃う。それぞれが目を見合わせて小さく微笑む。そして希が白雲へと向かうと深く頭を下げてそっと差し出す。

「どうかあたしたちの襷を箱根路に連れて行ってやってください。お願いいたします」
「あ、俺たちは……そう言うことなら女子チームの志と想いは俺たちが……いいのかな?」

 白雲が調月へと遠慮がちな面を向けた後、許しを確認するように周囲を見渡す。この後白雲は、希が託した夢と光、谺、空木たちの関係を知る。

「ま、今更答えを変えても、どうにもならないから……」

 谺が代表して応える。谺は希と目が合いウインクでエールを一つ、そして体育会系らしい『上げの挨拶』で空木の尻を叩いて歩き出す。
 光が空木を揶揄い、空木がテンパってそれを谺がフォローする、そんな声が残されていくのだった。