予選会は独特の雰囲気だ。各校の代表たちの固まりがこの広い空間に所狭しと点在し、その作り出している重力をお互いが呑み込み合おうとしている。

 その中で異彩を放つのが聖和女子陸上部。

 今長距離陸上界で『箱根駅伝参加資格』の条件について希たちの活動を知らない者はいない。世間の『予選会に参加させて箱根本戦を走れるか否か試せばよい』という面白半分の見方が多いのは否めないが、『呟く声』は大きな力となり世論を動かした。
 そして今日、この場に居る!

 しかしテレビマスコミを含めて善意の眼差しなど一つもない。それをしっかりガードできていない聖和男子陸上部に苛立ちを覚える空木たち。

 光、谺、そして空木も予選会参加メンバー12人に選ばれてここに居る。



 10月にしては気温が高めの晴天。スタート地点に集まるよう指示が出る。それは40校を超える大人数、満員電車と変わらない。誰かが希のお尻に触れた……。
 そんなことに集中を乱している場合ではない。ぶつかっただけかもしれない。意識が過敏になっている……他のメンバーは男子部員や光たちが守ってくれている。そうでなきゃ競技もまともにできないのかと思うと男女の壁はまだまだ厚く感じる……しかし嫌がらせなど想定内、希は太腿を平手で叩くと気合を入れ直す。



 号砲と共にスタートが切られる。一塊の群れが一斉に動き出す。希がスターターの前を通り過ぎたが火薬の匂いがしない。
 最近は光と音を模した電子式のスターターピストルが多く、少し寂しく感じる。

 脚が前に出なくなる場面もあるだろう、しかしそこは強い気持ち以外の乗り越える術はない。長距離競技ほど気持ちが勝負を分ける種目はあるまい……それほどシンプルだ。