「小田原君、改めて優勝おめでとう。小田原君、大学に行っても陸上続けるんでしょ?」
「ありがとう。優勝はできたけど、俺はまだまだだった。光ちゃんと谺っちゃんは区間新だったけど、俺は区間新どころか区間賞も取れなかった」

「そんなことない、小田原君、凄かったよ」
「水鳥川さんも強風の中、応援ありがとう、聞こえたよ」

 空木の洋服の袖の端を掴んでみた。それが女を可愛く魅せる萌え仕草である、という打算だ。空木は初心だというのを見越しての打算。空木を呼び止めた段階から覚悟はできている、沢音は今日、空木を射止めるつもり。

(知ってるわ。何人ものランナーが通り過ぎて行ったけど、私の隣のバカ女たちのスカートが捲れるのを横目で見ていくランナーばっかり)

 思い返せば不愉快だ。見ず知らずの人たちに色目で見られるのは気持ち悪いが、他の子に劣ると思われるのも気に喰わない。

(私がジャージじゃなきゃ、あんたたちには誰も見向きもしないわよ、このクソ寒い強風の中、ミニで来るバカいないわよ)

 男の低俗すぎるエロ思考ファーストも頂けないが、考えなしのセックスアピールも他人がやっていると妙に気に障る。

(その点、小田原君は私の声援にしっかりと応えて行ってくれたわ)

 思い出す、あの都大路での男の顔。襷を締め直した真剣な表情を崩して向けられた自分への笑顔。
 緊張感が増し、次の言葉が思いつかないでいる。実は沢音も恋愛経験値は高くない。不慣れなお子ちゃま(ビギナー)に見られないよう背伸びしているのが自分の中で露呈した。
 冬の気温をもってしてもラジエターの代りにならない。下を向いてモジモジしてしまう。



「俺、大学で姉ちゃんの夢叶えるんだ」


 無音に耐えられなくなった空木が誓いを立てるように宙へと放った言葉。