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「希姉は何も言わないんだな」
「オートバイが欲しくてバイトしてたんでしょ?」
「そうだな……」
「目標があって、それに向かって頑張る。それは何も陸上だけの話じゃない、何だって同じよ。だから、買えてよかったじゃない?!」
「あぁ……そうだね」

「何でバイクに乗りたいの? オートバイのレーサーにでもなりたいの?」
「……」
「ごめん、ごめん。これってパワークエスチョンだね」
「お、俺は……」
「きちんと陸上部を辞めてからすればいいじゃない?」
「辞める?! 走るのを?」

「ダブルバインドって言うのよ、そう言うの。『2つの矛盾した要求が自身の精神にストレスが掛かってる状態』のこと」
「2つの矛盾した要求?」
「それはきっと練習に来いと言われて練習したけれど、〔エースとして〕期待されていない、って思ってるからじゃない? あなたは『強い自分じゃないと必要とされない』と思っているんじゃなくて?」
「……」
「走るってそんなに難しい事だったっけ?」


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「うちの学校、オートバイもバイトも禁止だろ、光!」
「谺、相変わらず真面目ちゃんだな」
「マネしてもいいよ」
「褒めてない……」
「ズルは嫌いだったはずだよ、光は」
「マジメが好きなわけでもないんだけどな」

「指名手配犯の鼻の穴に画鋲を刺すほど正義感があった光が……」
「それは小学生の話だろ」
「中学生のときはステロイドでドーピングしてた先輩とケンカして、ケガで大会出られなかったじゃないか」
「コーヒー程度で留めておけば良いものを……」
「カフェインは禁止解除になったからね」
「禁止、か……」

「ルールもなく『速いもん勝ち』ってなら競う意味がない、だろ」
「別に誰とも競ってなんかいないさ」
「悪ぶったってカッコ良くないって言ってるんだ」

「何が言いたい?」
「俺たちはもっとカッコいい行動を続けてきた人間を、ずっと見てたはずじゃないか?」
「…………」
「嫌ならキチンと辞めるんだね、高校は義務教育じゃない、そこの中の約束を守れる者だけが通うところだ」
「…………」
「俺に(かたき)でも取って欲しいのか? そんなんじゃないだろ? 光って男は」