空木は煌司のその走りに圧された……いつものように歯を食いしばるどころか、開いた口が塞がらない。それほどのことだった。
 空木は光にも谺にも嫉妬したことなど無い、嫉妬は判断を狂わせる、失策の中で『判断』によるミスは後悔を大きくするからだ。

 再び拳が強く握られ、ズボンが悲鳴のようなシワを寄せる。この嫉妬は希への男女の嫉妬なのか、走りに対する才能への嫉妬なのか……空木にはまだ答えが出せないでいた。



 春……鮮烈に残った調月煌司の走りが離れないまま、4人は聖和大付属高校に入学を果たす。

(高校3年間の内に必ず全国高校駅伝1区で、10000メートル日本新記録を更新してみせる)

 3人の想いは同じだった。4人は陸上競技部への入部を急いだ。グランドと体育館との間、校舎の陰に隠れた二階建ての部室、比較的綺麗に見える外装、1階端、階段下にある陸上競技部の部室。男女が隣同士で別れた入り口……。
 希もついこの間までここを出入りしていたに違いなかった。部室のドアを体育会系らしい元気な挨拶と共に潜り抜けると、嗅ぎ慣れた陸上部特有の鎮痛冷却スプレーの薬剤の臭い……。


「いらっしゃい。待ってたわよ! あなたが小田原千風ちゃんね!」

 千風を待っていたのは紫乃。新キャプテンとして希から託されたのは部と千風のこと。千風も紫乃のあのときの走りに尊敬の念を抱いていて、前途明るい始まりだった。



 同様に入室した光、谺、空木を迎えたのは陸上部男子キャプテンではなく、2年の天道駿輔(あまじしゅんすけ)という男だった。

「あぁ、お前らか……大手先輩の後輩(おとうと)たち……先輩と噂で聞いてるよ、中坊レベルでは凄いってな? 期待してるよ」

 この歓迎ぶりに光は黙ってられない。

「そういうパイセンはどうなんッスか? 実力のほどは……?」
「ちょっと、光っ! 止めとけよ……あ、すみません生意気な口をきいて」

 谺が間に割って入るも遅い、光がバチバチに敵意を剥き出す。空木はどうして良いか分からず何もできない。