号砲と共にスタートが切られる。

 1区は各区間のなかで最長。各校とも力のあるランナーが走る。この1区の先頭争いはレース全体の流れを決める……各県の代表47校の意地が集団をつくる。
 1キロ地点3’11。どこもまだ落ちることなく長い列となる。トップからその最後尾までは凡そ6秒ほどの間にひしめき合っている。希はタイム差なしの3番手。良い位置にいる。

 ざっくり40キロを2時間。つまりは時速20キロ。更に分解すると1キロを約3分で走るということ。
 駅伝には『ラビット』と呼ばれるペースメーカーとなるランナーなどいない。

 レースを走り切るペースを徹底的に身に覚えさせ、気温や風などの天候、路面や起伏などのコース、前後を走る選手や順位などを踏まえて走る。

 考える間もなく走り抜ける短距離の、半歩でも我先へと前へと押し出る『自分が一番』というエゴ的な部分とは違い、長距離は相手との駆け引き、自分との問答……『刹那に身を懸ける』というより『少しだけ先の未来に向う』そんな感じだ。そう、少しだけ先の姿を上手く想像できた方がレースを制する。



 中間点の西大路四条から始まる上り坂から列が長くなり、バラけて来た。その差は1分程に開きだす。そしてこの上り坂は残り1キロの西ノ京円町で激しさを増す。



 長距離を走る時、思考が自身の意識下にない場合がある。例えば『沿道に赤い服を着た子がいたのを覚えている?』レース後そう聞かれたのなら『あぁ5キロ地点過ぎに確かにいたね』と記憶の中に存在している。しかしその瞬間その場面で認知していないことがある。
 まるで時間の中を走り抜けている、周りの景色は全て後ろに消し飛んでいく超光速推進航法(ワープドライブ)な感覚だ。

 腕と足の振り子の推進力だけで身体を前へと運ぶ……引力や抵抗を無視した慣性の法則に従って進んで行くこの感じは、冬の少し肌寒い、軽く乾いた日に訪れることが多い……。

 間違いない、今日の走りはベストだ、希はそう感じた。



 ペース配分を誤ったのか、残り2.5キロを過ぎた地点、1位を走っていた岡山県代表がズルズルと走りが弱くなってくる……ここで希はトップに立った。