「仕方ない、夢は3人いる弟たち(・・・・・・・)に任せるか!」

 希は弟たちに感謝した、何故感謝の気持ちが湧いたのかは分からない、しかしその想いは感謝としか言い表せなかった。
 他方、そんな希の言葉に千風は勝手に落胆した。恐らくそれは嫉妬……。

 きっと千風は恐れたんだと思う……光や谺の才能や記録にではなく、空木の亀の歩みに。幼き頃からずっとずっと引き離していたと思えたその差は『ウサギの油断』かもしれない自惚れだという恐れ……。
 千風のバランス感覚が警鐘を鳴らす。

 中学に入ってから希のアドバイスで空木は毎日、自身のトレーニングをSNSに上げて記録として残していた。
『努力をひけらかすのはカッコいいことではないけど、頑張るって簡単なことではないでしょ?! 継続するためにも誰かが一人でもそれを見てくれているって分かれば勇気になる』
 千風は希が空木のSNSに『すごいね』を毎日送っているのを知っている。そして空木が希姉を好きなのを知っている。だから嫉妬なんだと思う……。



 そして千風は目標にしていた『箱根駅伝』の消失と憧れていた希に近づくための長距離記録への挑戦の間で揺れた。
 ずっと追い続けてきた希の後ろ姿の先に見えていた『箱根駅伝』は、希の背中と共に霞んで見えない。

 ポスト希として期待された千風は、中学陸上競技に爪痕を残せなかった。

 希を追いかける千風、もう一方の希も千風に対して魅力を感じている。それは『かわいらしさ』。

 千風は空木などの特定の人以外にはサッパリとして素直な性格だ。『さすが』『知らなかった』『すごい』『センスある』『そうなんだ』と希を見て育った環境が、謙虚さを身に着けさせていた。
 しかし空木にはそれができない。血縁とはそういうモノなのだろうか。