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「ねえ、知ってる? 渡部、バレー部の城戸先輩からアタックされてるんだって」
「知ってる! この前女バレの子が話してたもん。一年生の六月でもうそんな話が出るなんて、モテモテだよねえ」
「言葉数は多くないけど、格好良いもんね。爽やかな見た目の好青年だって、他のクラスにも話題になってる」
「そうそう。それで運動は苦手ってところが、ギャップがあってまたいいんだよね。なんでバレー部に入ったんだろう? やっぱりモテるためかな」
「そうじゃない? 運動しない人よりする人の方がいいじゃん」
青葉高校一年二組の教室で、この春仲良くなった葵と友梨奈が朝から文也のことを話題にしていた。今教室に着いたばかりの私は、二人が文也の話をしていることに気づいてぎょっとする。
通学鞄を自分の席に下ろして、窓際で会話をする二人を遠目で眺める。
「あ、栞里じゃん。おはよう」
「お、おはよう」
友梨奈が片手をあげていつものように私に挨拶をする。私は曖昧に笑って返事をした。
「栞里は知ってる? 渡部と、バレー部の先輩のこと」
「う、ううん、知らない」
本当はさっきの話が聞こえていたんだけれど、首を横に振る。彼女たちは懇切丁寧に、先ほどの会話の要旨を話してくれた。あまり聞きたくない話を二度も聞く羽目になって、間違ったな、とちょっぴり後悔する。
文也も私と同じ青葉高校の一年二組だ。
幼稚園時代から友達の私たちは、高校まで同じ学校に進学した。私が少し背伸びをして文也の受験する高校に頑張ってチャレンジをしたからだ。
そんな私のことを、文也はどう思っているんだろう。
何の因果か、クラスまで同じになってしまったんだから、もしかしたら鬱陶しいと思われているかもしれない。
「知らないんだ。栞里って、渡部と幼馴染なんじゃなかったっけ?」
中学までの私を知らない葵が、心底驚いて目を丸くする。
私が文也とバレー部の先輩の噂を知らなかったことが、そんなに不思議なんだろうか。胸を細い針でチクリと突かれたような心地がした。
「うん、そうなんだけど。最近はそこまで関わりがないというか」
文也と同じ高校に通いたい一心で勉強を頑張って、青葉高校に合格した。でも、見知らぬ人たちと新しい友人関係を築いていく中で、文也と積極的に会話をするのがなんとなく恥ずかしくなった。幼馴染とはいえ異性だし、私たちの仲をみんなに勘違いされるのも嫌だった。文也の方はずっと気がかりそうに、私と話したそうにしていた。でも私は、あえて彼に近づこうとしない。そんな日々が続いていた。
それなのに私は今、文也が別の誰かとそういう関係になるかもしれないと知って焦っている。寂しさと、驚きと、やるせなさが、ぐちゃぐちゃに混ざって、心が黒く塗りつぶされていく。
文也と距離を取ろうとしたのは、他でもない私自身なのに……。
「ふーん。そういえば栞里、中学ではバレー部だったって言ってたじゃん。高校ではやらないの?」
今度は友梨奈が痛いところをついてくる。触れてほしくない古傷に直で触られた気分になって、眉を顰めた。
「高校ではやらないよ。勉強だって忙しいし。ほら、私って、もともとそんなに頭良くないのに背伸びしてここ受験したからさ、みんなよりたくさん勉強しないと落ちぶれちゃいそうなんだー」
「そっか。いや、栞里なら部活と勉強両立できると思うけど、部活ばっかりやる青春も勿体無いよね」
「分かるー。私も中学の時は吹奏楽部で毎日夜遅くまで練習あったけどさ、正直きつかった。その反動で今は帰宅部満喫してるもん」
二人がなんとなく話題を逸らしてくれたので、私はほっとため息をつく。
良かった。過去の話は、あまり知られたくなかったから。
適当に誤魔化した自分の言葉に反吐が出そうになりながらも、本心を知られるよりはマシかと思い直す。
私も葵も友梨奈も、部活には所属していない。
いまのところ三人で仲良く、放課後にカラオケに行ったり、映画を見に行ったりして、いわゆる青春時代を謳歌している。
だけど、どうしてだろう。
少しずつ、今の生活と理想の自分の生活に、ずれが生じていると感じていた。私のやりかった青春は、こういう他愛もない生産性のない日常のことなんだろうか。ふと、河原で一緒に文也と本を読んだ日のことを思い出して、胸が軋んだ。あの時、屈託なく笑いながら物語の展開にドキドキしていた自分たちが、まぶしくて遠い。
小さなひずみがやがて大きな溝を生む。気づいているのに、気づかないふりをしていたんだ。