自宅に着くと、自室へ直行した。
 それから、目を閉じて左手の手袋を外して、長袖のシャツを脱いだ。ゆっくりと目を開ける。そこには、朝と変わらない透明になった左腕と左手があるだけだ。
 僕は、息をひとつ、ついた。
 奈々美には、ひどいことを言った。彼女は何も悪くない。僕のことを気にかけてくれていたのに。
 でも、昔のように接することができない。
 僕は変わってしまったから。奈々美の優しさを素直に受け取れなくなってしまった。
 僕は消えた部分を、まじまじと見つめた。
 これから、この姿のままで、死ぬまで生きていくのだろうか、と漠然と思った。
 得体の知れない不安が、突如として、僕の心を支配する。
 非現実的な一日で、ひどく疲れた。とりあえず、部屋着に着替えようと思った。
 ズボンを脱いでいる途中で、思わず叫び声を上げて、絶句してしまった。そのままバランスを崩してよろける。
 左の太股から足首の上までが消えている。すぐに、靴下も脱いで確認する。同じように足首から下も消えていた。
 もしかすると、腹部と胸部も。そう思って、肌着をそっとめくってみた。
 予想通り。
 左半身はほとんど透明化している。
 感覚は残っているのに目には見えない。
 泣きたい衝動が急に沸いてきた。なんで、僕だけが、こんな目にあうのだろうか。
 けれど、下唇を噛み、その衝動を押し殺す。
 まずは、現状をしっかりと把握しなければ。
 僕は自室から出て、脱衣所へ向かう。
 今日は家に誰もいない。母親はどうせ、ご近所さんと中身のない話でもしてるはずだ。
 いくら家には僕だけしかいなくても、左半身が透明のまま自室を出るのはためらう。結局、部屋着で行くことにした。
 脱衣所には、僕の身長よりも大きなスタンドミラーが置いてある。
 スタンドミラーで今の姿を確認する前に、僕は洗面台で顔を洗った。
 不幸中の幸いなのか。今のところ、頭部には何も変化が起きていない。
 洗面台の鏡には、レベル2ぐらいの冴えない顔が映っている。僕の独断と偏見で、顔面レベルは、マックスで10まである。
 顔を洗うと、少し気持ちが楽になった。
 スタンドミラーの前に立つ。
 上下どちらから脱ごうか迷ったけれど、どちらから脱いでも、事実は変わらない。
 まずは、スウェットの下から脱いだ。
 ただ、目は閉じたままで。
 ゆっくりと目を開けてから、スタンドミラーを見た。
 やはり、左足は完全に透明になっている。
 僕は首を何度か左右に振る。それから、深い息をひとつ吐いた。次は、スウェットの上を脱がなければ。
よし、と心の中で声をかけてから、一気に脱いだ。
 左足と同じく、透明。
 人体の標本のように、臓器の位置が見えるのではない。完全に透けている。
 僕はその姿を直視できなかった。
 盗み見をするように、チラチラ、と何度か見ただけ。僕は口角を上げた。無理やり笑顔を作ろうとした。でも、普段ほとんど笑わない僕の口角は、ぴくぴく、と震えただけだった。
 またスウェットを着て自室へ戻った。
 ベッドの上に腰を落とす。俯いたまま、床の小さな傷の数を数えた。
 それから、天井を仰いでベッドに倒れ込んだ。