未だ、帝国内の騒動が収まったとは言えない。今まさに、辺境軍が侵攻を続けているのだろうから。少なくとも、それを鎮圧せねば帝国に平和は訪れないであろう。
 
 また小国連合の侵攻により、ロメリアの狙いが帝国なのか王国なのかが、判別し辛くなっている。
 だが、帝国内で何か起こそうとしているのも、概ね間違いは無かろう。決して油断できる状況ではない。そしてペスカを含めた三人は緊張した面持ちで、兵士の案内で王宮へと向かう。

 外出禁止令が出ていたのだろう、帝都は人々の行き交いが少なく閑散としていた。忙しなく走り回るのは兵士だけ。そして残されているのは、戦争の爪痕である。
 所々に崩れた城壁。そして城壁近くで倒れ、二度と起き上がる事の無い兵士。慌ただしく兵が行き交いしたのだろう、かつて街を彩っていた花々は踏み荒らされていた。

 帝都の人々は、どんな思いで避難をしていただろう。恐怖に打ち震えていたに違いない。戦争時の破壊音は、強烈に心を侵食する。
 仮に内乱が治まり外出禁止令が解除されても、直ぐにいつもの生活へ戻るのは難しいだろう。

 多くの兵が死に、生き残った兵も致命傷に近く、医療棟らしき施設は混雑を極めている。帝国全土で、家族を失い悲しむ者が出るはずなのだ。
 帝国に住む者達が笑顔を浮かべる日は、来るのだろうか。どれ位の時間、辛い思いをすれば気持ちは安らかになるのか。そんな事すら考えさせられる。それが戦争なのだ。望んだ事では無くても、それが戦争の末路なのだ。

 帝都は虚しさを湛えている。ただ、真の悪意は音を立てずに、侵食を続けている。それはペスカにすら気が付かない、神の御業であった。

 王宮に辿り着き、直ぐに謁見室に案内される。そして謁見室の前では、ペスカに待機を告げた将軍とトールが揃って、ペスカ達を待っていた。

「お待ちしていましたペスカ殿。さあこちらへ」

 将軍の後にトールが続き、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には皇帝だけで無く、皇后を始め年若い皇女や皇太子までもが、顔を揃えている。そして数多くの大臣が、壇下に整列していた。

「何だ? これって褒章ってやつか? こんな事をしてる場合なのか?」
「しっ! お兄ちゃん、黙って」
「でもよ」

 冬也の言う事は尤もだ。内々の話が有るのなら、皇帝と側近だけで充分だ。なのに、多くの家臣が整列している。
 まだ、内乱は終わっていない。それなのに、謁見室では既に内戦どころか論功すらも終わっており、後は恩賞を授けるだけといった雰囲気だ。
 それよりも先に内乱を終わらせなければならない。それに、住民達のケアや傷ついた兵士達の治療も急がせなければならないはずだ。恩賞を授けるなら、それでもいいはずだ。

 噂程度にしか耳にした事がないが、賢帝とはこの程度だったのか? そう思うのも不可思議ではない。傍から見れば、それだけ異様な光景という事だ。
 
 謁見室の中央まで歩みを進めると、将軍とトールは跪き頭を下げる。続くペスカ達も、同様に頭を下げる。そして直ぐに皇帝から声がかかった。

「皆、面をあげよ。其方が伝説の英雄、ペスカ・メイザー殿か。此度の援軍痛み入る」
「勿体ないお言葉でございます」
「伝説の英雄を見たいと皆が詰め掛けた。許して欲しい」

 ペスカが恭しく頭を下げる。続いて、皇帝から将軍やトールに声がかかる。

「ドーマン・クレイ将軍、及びトール・ワイブ大佐の両名、此度の奮迅、誠に大儀であった」

 皇帝の言葉に、謁見室内が安堵と喜びが混ざった様な雰囲気に包まれる。

「此度は戦勝の宴とはいかぬ。せめて褒美を与えよう。トール・ワイブ大佐、前へ」
 
 トールは首を傾げながら将軍を見やる。当たり前だ、内乱を治めたのはペスカであり、自分達はそれに協力しただけなのだ。褒美を貰う訳にはいくまい。

 それにどれだけの兵が苦しんでいるのか、知らないはずがあるまい。褒美なら、戦いの中で死んでいった者、著しい傷を負い生死を彷徨っている者達に与えるべきだろう。これは、誰もが望まぬ戦いだったのだから。

 自分は褒美を貰うべきではない。仮に自分がそれに値したとしても、将軍を差し置いて、自分が先というのは余りに不自然だ。
 しかし将軍は、トールの意図を察したのか、皇帝への配慮か、先に行けと首を縦に振る。 そしてトールは、疑問を感じながらも玉座の近くへと進んだ。

「近こう寄れ。それでは褒美が渡せぬ」

 トールが皇帝が座る壇上前まで近づくと、皇帝は壇上から降りて来る。皇帝はトールを立たせると、満面の笑みを浮かべてトールに近づく。大佐という立場では、皇帝の顔を見る事自体が稀である。トールは緊張した面持ちで直立する。
 ゆっくりとトールの目の前まで近づいた時、皇帝の手刀がトールの身体を刺し貫いた。

「がっ、へ、陛下、な何を……」 

 トールは、口から血を吐きながら必死で呟く。しかし、それも束の間の事だった。出血は酷く、トールの顔は見る間に青白く染まっていく。そして、膝から崩れる様に倒れ伏した。

「トール!」
「陛下! 何をなさる!」

 ペスカを始め、謁見室に居た全員が驚愕する。

 直ぐに顔を青ざめさせた将軍が、皇帝を止めようと慌てて駆け寄る。将軍が近くまで迫ると、皇帝はトールの体から手刀を抜いて振り上げる。勢いをつけて手刀を振り下ろし、将軍の首を刎ね飛ばした。

 将軍の首はコロコロと謁見室内を転がっていく。

 謁見室は騒めき、真っ青な顔で震えた大臣達が皇帝に詰め寄ろうとする。皇族達は怯えて謁見室から逃げようと動き出す。
 しかし全員が、一瞬の間に首を落とされる。謁見室の床は、真っ赤な血で染められた。

 シグルドは驚きの余り、呼吸をするのも忘れている。冬也は怒りに満ち溢れ、ペスカに抑えつけられていた。

「満足? 楽しい? 人で遊んで楽しいの? ねぇ、邪神ロメリア様」

 シグルドが、目を大きくしペスカを見つめると、皇帝が高笑いを始めた。

「ア~ハッハハ! 楽しいよ。せっかく君が遊びに来てくれたんだ。サービスしないとね」
「てめぇが邪神か! 何て事しやがる!」
「あれぇ? それは怒っているのかい? それならさぁ、もっと怒ってくれないと、全然楽しくないよ」
「お兄ちゃん、挑発に乗っちゃ駄目だよ」
「あぁ、大丈夫だ。お前のおかげで、もう冷静だ」

 邪神は、顔を歪めてペスカ達に言い放つ。

「楽しませておくれよ! さぁ! そっちの子供の方が、遊びがいが有りそうだね!」

 邪神が目線を向けると、シグルドは体を震わせながら剣を抜いた。

「良いね。その怒り、その怯え、堪らないよ! せっかくだからもう一つサービスで教えてあげよう。ここに集めたのは、ライン帝国の皇族一同と国の重鎮全員だよ!」

 シグルドの顔が更に青く染まる、しかしペスカは動じずに、邪神に問いかけた。

「皇帝陛下は、どうしたの?」
「勿論殺したさ。随分と抵抗されたけどね。流石、賢帝と言われるだけあって、なかなか手ごわかったよ」

 皇帝の体から光が溢れ、皇帝の体を四方へ飛び散らせる。光が溢れた中には、大きな翼を背に生やした少年の姿があった。

「ライン帝国の終焉だ。さぁ遊ぼう!」

 長い帝国の歴史に幕が下りる。それは、邪悪な神の手によって行われた。