シグルドから齎された報告は、皆を震撼させる物だった。

 戦争を起こしていた北の小国が、突如として戦争を終わらせ連合を結成した後、エルラフィア王国へと進軍を開始した。
 既に国境を突破され、隣接する幾つかの領地は連携し抵抗を試みた。しかし、奮闘虚しく多くの都市を蹂躙される。北の小国連合軍は、現在も王都へ向け進行中だと言う。

「ペスカ様。小国連合はオークやトロールを前面に押し出した、モンスターとの混成部隊との事です。抵抗を行っておりますが、圧倒的に戦力が足りません」
「マナキャンセラー対策か? 考えたね」
「現在、ルクスフィア卿とメイザー卿を中心に、各領地から軍を集結させております」
「援軍の到着はこれからって事?」
「守りを固めよと陛下のご命令が有ったばかり。先手を打たれたとしか」
「どの道、回せる兵も多くないでしょ?」
「如何せんロメリア教残党騒動で、どの領地も割ける兵力が無いのが現状です。王都はドラゴンの襲来が続いており、近衛と王都守備隊で何とか凌いでおります。王都軍も割ける兵力がほとんど有りません」

 シグルドが青い顔をしながら、捲し立てる。いつも冷静なシグルドが、焦っているのだ。守るべき国には自分がいないとなれば、不安にも駆られるだろう。心強い仲間がいたとしてもだ。
 
 狙いは、帝国じゃなくてこっちだったのか? そう考えてもおかしくはない状況だ。今、王国最大の主力と言えるペスカは、帝国内にいる。仮に急いで戻ったとしても、北の戦線維持に参加できるとは思えない。

 これはマジシャンが使う、視線誘導に引っかかったのと同じであろう。

 国内で起きる数々の難問、そこに最大の脅威と成り得る帝国の異変が起きる。自然と焦点は、帝国へと向けられる。そして背後を突く様に、次の手を仕掛けて来たのだ。厄介極まりない。
 最大の脅威と思っていた帝国の異変が、ようやく鎮静の兆しを見せている。その矢先となれば、溜息すら出て来ない。

「良くここまで、色々仕掛けて来るもんだね」
「エルラフィア王国を、徹底的に滅ぼすつもりなのか? ペスカ、早く戻ろう!」
「待ってお兄ちゃん。先ずは、ライン帝国の状況確認だよ。ライン帝国が安全と決まった訳じゃないでしょ。このまま帰って、ライン帝国に後ろから攻められたら、エルラフィアは終わるよ」
「冬也。確かに、ペスカ様の仰る通りだ。それにエルラフィア王国とライン帝国の両方が倒れたら、ラフィスフィア大陸全土に戦乱が広がる可能性が有る」

 動じる冬也を落ち着かせる為に吐いたシグルドの言葉は、自分にも言い聞かせた言葉なのだろう。そしてペスカは、皆に指示を出し始めた。

「シルビア、メルフィー、セムス、休憩はお終いだよ。各隊を何時でも出発出来る様に準備させといて」
「かしこまりました」

 ペスカの指示にシグルドが問いかける。

「帝国に援軍の交渉は宜しいのですか?」
「内乱でボロボロになった帝国に兵を出せって? 私達が戻った方が戦力になるよ。シグルドは王都に連絡。マルク所長に繋ぐ様に手配して」
「承知しました」

 シグルドがトラックに駆けて行くと、冬也がペスカに話しかけた。

「良いのかペスカ? お前の事だから、何か考えが有るんだと思うけど」
「取り敢えず、直ぐに戻れる準備をするよ。お兄ちゃんも手伝ってね」
「おう! 何でもやるぞ!」

 冬也の返事にペスカは笑みを浮かべる。王都との連絡は直ぐに繋がり、マルクが焦った様な声色で通信口に出る。

「おぉ、ペスカ。そちらは、どんな感じだ?」
「こっちもバタバタだし、未だ何か起きそうな予感がしてる」
「お前の予感は当たるからの」
「それで所長。武器の生産はどんな感じ?」
「お前の指示通りに、マナキャンセラー以外の弾も作らせておる。順次、各地に向けて運んでおる」
「それなら良かった。所長は出来る限り、武器の量産を続けて」
「わかっておる、こちらは任せよ。ペスカも無事でな」
「うん。それとさ、もう一つ大至急の頼みが有るんだけど」
「何だ? 出来る事ならなんでもやるぞ」

 幾つもの可能性を考慮して、対策をして来た。それが今回は功を奏したかもしれない。しかし、如何に兵器が揃おうとも、兵力の差は如何ともし難い。何とか、しのぎきってくれればいいのだが。今は、そう願うしかない。

 ペスカはマルクとの通信を終えると、待機していた場所のすぐ近くに広がる、無人の平野に向かい冬也を連れて歩き出した。
 そしてペスカは冬也に向かい合うと、静かに話しかける。

「これからお兄ちゃんは、私をぎゅーってしてね」
「こんな時に何言ってんだよ!」
「誤解だよお兄ちゃん。転移用のゲートを開くから、私にマナを注ぐ様にぎゅーってするの」
「それじゃあ、抱き着かなくても良いんじゃねぇか?」
「駄目だよ。ぎゅーってしないと私のやる気、ゴホン! マナがちゃんと伝わらないでしょ」

 冬也は首を傾げながらも、ペスカを後ろから抱きしめて、マナを注ぐ事に集中する。ペスカは満面の笑みを浮かべて呪文を唱えた。

「大地母神フィアーナよ、御身の力を我に貸し与えたまえ。時空をつなぐ扉を御身の膝元に。ゲート開放!」
 
 ペスカの詠唱に合わせて、無人の平野が光を帯びる。そして魔法陣が浮き上がって来る。半径十メートルはある巨大な魔法陣は、淡い神秘的な光を灯していた。

「成功したよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「なあ、抱き着く必要あったのか?」
「当たり前じゃない。私のマナは温存しておきたかったし、お兄ちゃんは馬鹿容量のマナが有るんだから、少しくらい減っても問題ないでしょ。それに頑張ったご褒美くらい、くれても良いじゃない。何でもするって言ったくせにさ、ばか」

 冬也が釈然としない様子でペスカに問うが、ペスカは頬を赤く染めながら冬也に言い返す。ペスカの言葉は終わりに近づく毎に声が小さくなり、最後の方は冬也の耳に届かなかった。

 但し、転移と言っても双方に扉がなければ、どこに飛ばされるかわからない。ペスカは気を取り直して、シグルドに王都の様子を確認させる。魔工通信で、王都でもゲートが開いた事は、直ぐに確認出来た。

「王都側のゲートは、マルク所長が上手くやってくれた様ですね」
「流石所長だね。まぁ所長は、暫くは立つ事もやっとだろうけど」
「ところでペスカ様。このゲートとは、どの位の時間持つのでしょう?」
「魔法の効果って事? それなら、お兄ちゃんのマナを利用したから、半日、いや一日は余裕だと思うよ。詳しいゲートの使用方法は、シルビアに聞いて。あの子は空間魔法に詳しいからね」

 カルーア領軍を含めた遠征隊が出立準備を始め、俄かに騒がしくなる。そんな時、帝国兵が一人駆け寄って来る。
 
「陛下がお呼びになっておいでです。至急王宮へお越し下さい」

 どの国でも通常ならば、国王やそれに類する者への謁見許可は、かなりの時間がかかる。ただ緊急事態故か、帝国側が招いてくれた。帝国の内情を確認するまたとない機会に、ペスカとシグルドは目を合わせて頷いた。

「城へは私とお兄ちゃん、シグルドで行く。シルビアは戦車、セムスはトラックで待機。メルフィーはカルーア領軍を率いて待機。いざとなったら、ゲートを潜って自力で帰りなさい」
「お待ちください、ペスカ様。それは」
「駄目だよ、シルビア。ゲートはあなたの専門なんだから。任せたよ」
「しかし、ペスカ様」
「そうです、ペスカ様」
「言う事を聞きなさい! あなた達は、エルラフィアの戦力。王国の為に力を尽くしなさい」
「かしこまりました」

 シルビアは、嫌な予感がしていた。このままペスカに会えなくなるのではないかと。だから主命に背いても、ペスカを止めようとした。
 セムスやメルフィーも同様である。このまま、すんなりと事が終わるとは考えられない。帝国にはまだ何かが有る。そんな予感がしていた。

 だがペスカの答えは、国を守れ、であった。

 跪き頭を下げる三人に、ペスカは笑顔で答える。大丈夫、安心しろと、その笑顔は言っている。ならば自分達に与えられた役目を果たそう。そして三人は、出発の準備を進めた。